『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』第6話で描かれた10年の経過 レイニラが獲得した強さ
※本稿には『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』第6話のネタバレを含みます
『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』第6話は、前回からシリーズ最長10年の時間が経過し、レイニラ(エマ・ダーシー)の3人目の出産から始まる。かつて「女にとっての戦は跡継ぎを産むこと」と諭されても、ドラゴンライダーとして戦場を駆けることを夢見た少女は亡き母と同じ道を歩んでいた。ミゲル・サポチニク監督は第1話に続いて出産シーンを長回しで撮影し、レイニラの苦痛を描き出す。続く第7話が最終登板となるサポチニクはトレードマークとも言える合戦演出から離れ、ファビアン・ワグナーによる陰影に富んだ美しい撮影を得て第6話を重厚な歴史劇に到達させた。第7話との“2本立て”が彼の『ゲーム・オブ・スローンズ』シリーズ集大成だ。
無事に生まれて安堵するのも束の間、王妃アリセント(オリヴィア・クック)から子供を連れて部屋に上がってくるようにとの伝言が告げられる。私たちはレッドキープが実在しない城でも、出産直後の女性にとってこの道程が如何に困難かは容易に想像がつくだろう。レイニラの真の戦いの場はお産ではなく、宮廷内の権力闘争にあるのだ。サポチニクはさらなる長回しでまさに身を切られる痛みに血を滴らせ歩くレイニラの姿を追う(彼女は何度もFワードを吐き捨てる)。王妃の居室の前に立つのはサー・クリストン(ファビアン・フランケル)だ。ロイヤルウェディングでの醜態はどうやらアリセントの護衛になることで不問に付されたのだろう。部屋に入ってみれば王妃は特段、用事があったような素振りを見せないが、ふと赤子の産着をずらすと髪の色を確かめた。レイニラの子供は3人全員がヴァリリア嫡流の銀髪ではなく、誰の物とも知れない暗褐色なのだ。アリセントはレーナーを見て言う。「めげないで、サー・レーナー。いずれあなた似の子が生まれる」。
注目されたレイニラ、アリセントのリキャストは物語に効果的な影響を与えている。ミリー・オールコックとエマ・ダーシーはあまり似ておらず、飛竜のように軽やかな少女の面影は消え、疲れ切ったレイニラの姿に劇中では語られることのない10年間の挫折を感じることができる。同性愛者であるレーナー(ジョン・マクミラン)と婚外恋愛を認め合う契約を交わしたものの、彼は戦場での武勲を夢見、愛人との放蕩三昧を繰り返して家庭を一顧だにしない。3人の子供は護衛を務めるサー・ハーウィン(ライアン・コア)との“落とし子”で、宮中には彼女の不貞を囁く風聞が飛び交い、レイニラはその立場が危ぶまれている。レイニラの進歩的家族観がウェスタロスで受け入れられるワケもなく、今なお父から受けた強迫的な教えにより我が子を殺されると確信しているアリセントはレイニラの“不品行”を理由に排斥を目論む。
オリヴィア・クックはエミリー・キャリーとルックスも近く、アリセントが10年の間に獲得した権力と自信をみなぎらせ、第5話からの連続性を作ることに成功している。アリセントは「私は信じる。最後には名誉と慎みが勝つと。私たちはそれを守らなければ」とまるで宗教原理主義者のような保守思想を固く誓うのだ(レイニラに拒絶され、アリセントに追従するサー・クリストンの有害さにも目眩がする)。そんなレイニラとアリセントのパワーバランスが最も顕著に現れるのは小評議会の場面だ。病に倒れて以後めっきり老け込んだヴィセーリス(パディ・コンシダイン)に代わってアリセントはほとんど執政のように振る舞い、レイニラも王位継承者としての強い発言権でその明晰さを披露するが、和解の証にと申し出た子供たちの婚姻話は一蹴されてしまう。