経験者だからこそ描けるバンドマンの人生 作者が語る『さよなら、バンドアパート』の裏側
元QOOLAND、そして現在はjuJoeのフロントマンとして音楽活動を続ける平井拓郎が初めて書いた小説『さよなら、バンドアパート』が映画化された。宮野ケイジ監督のもと描き出される、ひとりのバンドマンの生き様は、とても生々しくてエモーショナル。KEYTALKやcinema staffをはじめ、平井と親交の深いミュージシャンもスクリーンに登場し、物語に一層のリアリティを与えている。
今回リアルサウンドでは原作者の平井へのインタビューを実施。小説を執筆した背景や作品に込めた思いを語ってもらった。自身も音楽活動を通してさまざまな経験を重ねてきた彼だからこそ描けるバンドマンという人生は、音楽に携わる人のみならず、多くの人の心に訴えるものがあるはずだ。
――そもそも平井さんが小説を書いた理由というのはどういうものだったんですか?
平井拓郎(以下、平井):2015年に当時所属していた事務所を辞めた後にクラウドファンディングをやったりして、その後に楽日という会社にお世話になることになったんです。そこの社長の加藤晴久さんという方の勧めでブログを始めたのがきっかけでした。それは小説ではなくただのコラム、エッセイみたいなものだったんですけど、そのうちの1本が編集者の方の目に留まって、本を出さないかと声をかけてくださって。そこで小説にしようと言われました。最初は無理だと思って断ったんですけど、最終的には「わかりました」って言って。命令に従って書くことになりました(笑)。
――流されるがままに小説を書くことになったんですか(笑)。
平井:そう。それで書いたら「おまえの小説面白くないな」って言われたので、そこから「どうしたら面白くなりますか」って聞いて、アドバイスをもらいながら書き直していきました。なんか「やれ」って人に言われたことは拒否しなくてもいいんじゃないかなっていうのが昔からあるんですよね、良くも悪くも。副作用もあるんですけど、結構やってきました。「今高い声が流行ってるからキーを上げろ」って言われて高くしたり、「曲を速くしろ」って言われて速くしたり。芯がないと言えばそうなんですけど、わりと無頓着にやる傾向がありますね。
――『さよなら、バンドアパート』の主人公の川嶋たちみたいに突っ張ったりはしないんですね。
平井:川嶋のあの性格はちょっとないんじゃないかと思う。よくないですね、非常に(笑)。なんでうまくできないんだろうなって思う。子どもなんですよね。
――バンドマンがバンドマンの小説を書いているからちょっとわかりづらいんですけど、じゃあ結構自分とは遠い感じなんですか。
平井:そうですね。「こんなんやったら最悪やな」っていう感じですよね。マネージャーとかもあんなやつ、僕の周りにはいなかったですから(笑)。でも、よそのバンドに聞いた話とかをベースにしている部分もあるんですよ。そういう話をいろいろ聞くなかで生まれてきたんだと思います。でも、川嶋が事務所を追い出されたときに1人で営業したりとか、ああいうことはまさに自分でもやったことだったりするので、実体験もたくさん入れ込んではいます。
――小説に描かれている川嶋と映画に登場する川嶋も、また微妙に違いますよね。
平井:映画の川嶋は外から見た川嶋っていう感じがしますよね。小説の川嶋はもうちょっと川嶋なりの言い訳があるので。でもどちらにしても、中学生のときの自分がそのまま成長したらああいう感じになったんじゃないのかなって思いますね。
――そういう意味では元々平井さんの中にいた人間でもあるわけですね。
平井:それはみんなあるんじゃないかなと思います。とくに小説では「反抗」とか「侵犯」、禁じられているからそれをわざと犯すっていうのが結構テーマになっていて。タバコを吸いたいわけじゃないけど、禁じられてるから吸っているだけ、みたいな、違反するのがアイデンティティになっているというか。そういう部分はみんなどこかしらあるんじゃないですかね。
――映画でも重要なシーンになっていますけど、川嶋とユリが毒のあるフグの肝を食べるというのはまさにそういうシーンですよね。あれは美味しいから食べているわけではない。
平井:そう。別にうまくないですからね(笑)。禁止されてるから食ってるっていうだけですから。そういうのを経て自分で選択できるようになっていくっていうのが重要なんだっていう話は、今回映画化にあたって監督にもしましたね。時系列的にいうと、最初は賽銭箱に1000円札を入れるか入れないかで日和っている川嶋がいて、20歳ぐらいになると、フグの肝食う食わないで日和っていて。そういう川嶋が「もうやめるわ」って言って事務所すらもパーンと辞められるようになっていく。選択力が頑強になっていくんですよね。
――映画はその物語がすごくきれいに整理されていますよね。映画化にあたって宮野監督とはどういうふうにお話をされたんですか?
平井:「とにかく宮野監督の邪魔しないようにします」という(笑)。どうやら原作者ってめっちゃ偉いらしいんですよ。現場にフラって行ったらいきなり撮影が止まったりすることもあるみたいで。だからもう「邪魔しないでおこう」と。あと宮野監督は音楽映画にはしたくないとおっしゃっていましたね。人間の話をやりたいと。僕もそれには同意していました。