映画の魅力に溢れた『ザ・フォッグ』の強靭な存在感 現在だからこそ生まれるその価値とは

今だからこそ生まれる『ザ・フォッグ』の価値

 アメリカB級娯楽映画の代表的な監督、ジョン・カーペンター。その職人的な姿勢は、一般の観客を楽しませるとともに、プロの映画監督の支持をも受け、クエンティン・タランティーノ監督や黒沢清監督など、映画を偏愛する“シネフィル”のクリエイターにも尊敬されている。大衆的な作家であるとともに、まさに「ミュージシャンズ・ミュージシャン」(プロの音楽家の支持を受ける音楽家)ならぬ、「クリエイターズ・クリエイター」といえる存在である。

ザ・フォッグ

 ここで紹介する、カーペンター監督の『ザ・フォッグ』(1980年)は、『ジョン・カーペンターの要塞警察』(1976年)が海外の映画祭で評価を受け、『ハロウィン』(1978年)の成功によって広く名声を勝ち得たのちの、監督として初期にあたるホラー作品だ。そのストーリーは、呪われた“霧”(ザ・フォッグ)に包まれた港町で、100年前の因縁を基にした惨劇が展開されるというもの。映像美や不穏な雰囲気を中心とした、心理的恐怖が描かれていく。ジョン・カーペンター製作により、2005年にリメイクもされた。

 そんな本作『ザ・フォッグ』が、日本国内初となる、4Kレストア新装版Blu-rayにて発売される。このタイミングで、映画の魅力に溢れた本作の楽しみ方や、現在だからこそ生まれる価値を新たに考えていきたい。

 吸血鬼、狼男、ゾンビやサメ、イナゴの群れの襲来など、恐怖映画は様々な脅威をわれわれに見せてきた。ここで脅威となっているのは、“殺人霧”ともいうべき、忍び寄って人に襲いかかる、白い霧である。アメリカでは本作の公開当時、いくつかの映画館で“霧”を噴出する「スモーク・マシン」がロビーに設置され、観客の期待を高めたという。

ザ・フォッグ

 とくに1980年代は、スティーヴン・スピルバーグ監督の『E.T.』(1982年)や、リドリー・スコット監督の『ブレードランナー』(1982年)に代表されるように、スモークを炊いて照明を当てることで、空間の奥行きを表現したり、ミステリアスな雰囲気を醸成するなど、映像に独特な印象を与える撮影手法が多用されるようになった。そんな手法で殺人霧を表現する『ザ・フォッグ』は、まさにそれこそが内容の中心になっているという意味で、時代を象徴する作品になっているといえる。

 物語の舞台となる架空の港町も魅力的だ。撮影地となったカリフォルニア沿岸の広大な風景と、パナビジョンのワイドスクリーン撮影が、映画にゆったりとしたスケール感を与えている。なかでも、ワイルドな海洋が望める「ポイントレイズ国定海岸」の岬にある灯台は、本作のアイコンといっていい。そこから眺める海の向こうから脅威が迫ってくる本作の映像表現は、ホラー映画の金字塔『吸血鬼ノスフェラトゥ』(1922年)における印象的な海岸の映像を、より現代的にスケールアップしているように見える。

ザ・フォッグ

 この灯台でラジオDJをしているシングルマザー役を演じているのが、当時カーペンター監督の妻でもあったエイドリアン・バーボーだ。さらに『ハロウィン』でブレイクして「絶叫クイーン」の異名をとるジェイミー・リー・カーティス、『サイコ』でマリオン役を演じている伝説的俳優ジャネット・リーがキャスティング。そして名優ハル・ホルブルックが、物語の鍵を握る神父役を演じている。シェイクスピア劇などの舞台経験のある彼は、港町に隠された過去の罪に苦悩する名演を見せている。心理的な恐怖演出も多い本作は、そんな俳優の競演が大きな見どころとなっているのだ。

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