実在のスパイ・黒金星から古代日本の忍者まで 壮大で奥深いアジアスパイ映画の一端

韓国映画『工作 黒金星と呼ばれた男』

『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』(c)2018 CJ ENM CORPORATION ALL RIGHTS RESERVED

 スパイはなにもフィクションの存在ではない。この世界にはスパイという職業が存在し、日夜裏の世界で暗躍している。韓国映画『工作 黒金星と呼ばれた男』は北朝鮮に潜入し、最高指導者・金正日に接見まで許された実在のスパイ・黒金星を描いた映画だ。

 実話を元にしている……と言われると地味な映画に思われるかもしれないが、多くの韓国映画がそうであるように、本作もとんでもなく面白い。まず主演のファン・ジョンミンが最高。『アシュラ』(2017年)や『新しき世界』(2014年)で知られるファン・ジョンミンだが、個人的に胡散臭い笑顔をさせたら右に出る者はいないと思っている。そんなわけでファン・ジョンミンが常時胡散臭い笑顔を振りまきながら見事北朝鮮に潜入するのだが、なにが嘘か真かわからない心理戦は常時緊張感で支配されている。

 しかし、韓国映画の底知れなさはこのスパイ映画が最終的に南北BL的なおっさん同士の尊い関係に収束することだ。見ている間、心理戦のドキドキ感とは別にドキドキしてしまった。これがほとんど実話だというのだから驚きだ。本作はリアルなスパイ映画としてもとんでもなく面白いが、胸キュン映画としても間違いなく必見。

映画『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』予告編

韓国映画『ヒットマン エージェント:ジュン』

『ヒットマン エージェント:ジュン』(c)2020 LOTTE ENTERTAINMENT All Rights Reserved.

 韓国映画はすごくシリアスで暗く、人が悲惨な死に方をしては悲劇的な結末を迎えたりするという考えは既に古い。確かにそういう作品は多いし、多種多様な連続殺人鬼映画が存在するが、近年では『エクストリーム・ジョブ』を代表に楽しいアクションコメディが続々公開されている。『ヒットマン エージェント:ジュン』はそんな楽しいアクションコメディ映画のひとつだ。

 漫画家を夢見る孤児の少年は国家情報院に拾われ、瞬く間に最強の暗殺要員・ジュン(クォン・サンウ)に成長する。しかし、彼は漫画家になる夢を全く諦めていなかった。任務中に自らの死を偽装し、新たな身分を得たジュンは漫画家としてデビューを果たす。これで夢の生活ができる……と思ったが現実はそう甘くない。ジュンの書いた漫画は全然売れなかった。長い時が経ち、気がつけば最強の暗殺要員は中年のおっさんになっていた。それでも漫画は全然売れなかった。生活は妻に依存し、娘には同情される毎日。ついに打ち切りを食らい、失意のどん底へと落ちたジュンは酔った勢いで自らの半生を漫画化してしまう。当然ながらその内容は国家機密。公開するつもりはなかったのだが、妻の粋な計らいによって編集部に送られてしまい……しかも超バズってしまう。かくして機密情報を世界に向けて大公開したジュンは、テロ組織と国家情報院。その両方からダブルブッキング的に狙われることになる。

 ……と、『ヒットマン:エージェント・ジュン』はあらすじを聞いただけで楽しくなってしまう作品だ。その期待を裏切らず全編にわたってギャグの濃度が異様に高い。隙あらばボケ倒してくるので常に腹を抱えて笑ってしまう。また主演を務めたクォン・サンウのキレのあるアクションも見所のひとつ。とにかくユルッと楽しめる作品だが全体のクオリティは決して低くなく、韓国映画ならではのパワフルなアクションコメディだ。

映画『ヒットマン エージェント:ジュン』予告編

中国映画『オペレーション・メコン』

『オペレーション・メコン』DVD

 今最もアジア圏で火力の高い映画を撮る監督といえばダンテ・ラムだろう。彼が監督した国威発揚ミリタリー映画『オペレーション:レッド・シー』(2018年)は敵、味方、市民すべて容赦なく肉塊になる様を描き、そしてツイ・ハークとチェン・カイコーと組み、アジア圏最大のヒット作となったプロパガンダ映画『長津湖』(2021年)は日本未公開ながら、予告編の時点で様々な肉塊を拝むことができる。

 そんなダンテ・ラムが監督した『オペレーション・メコン』は先ほど紹介した『工作 黒金星と呼ばれた男』と同様、実話を元にした映画。しかしダンテ・ラムが監督しただけあって、その内容は史実を強火調理したものとなっている。まず映画の中で子供が二回ほどすごい死に方をするし、中盤ではショッピングモールの中で車と犬と丸椅子を持ったおっさんがチェイスしたりする。またダンテ・ラム映画の特徴であるおっさん同士のピュアな友情も見どころだ。おっさん同士が仲良く自撮りするシーンは必見。

 こうして要素だけ並べると奇怪な映画のように思えるかもしれないが、凶悪な麻薬王を逮捕しに行く諜報とミリタリーが合わさった濃密なアクション大作であり、ここで紹介した映画の中でも特に気楽に楽しめる作品だ。

 こうしてアジア圏で製作されたスパイ映画を紹介したが、言うまでもなくこれらはアジア映画のほんの一端に過ぎない。池内博之がアジア最強スパイという役柄を務め、ソル・ギョングと対決する『夜叉 -容赦なき工作戦-』(2022年)がNetflixで配信されたのは記憶に新しい。また「中国勝利三部作」といういくらなんでも素直すぎる名前の国威発揚映画シリーズの新作にして、トニー・レオンが出演するスパイ映画『無名』の公開も控えている。アジアのスパイ映画はあらゆる点で驚きに満ちているし、これからもきっとそうだろう。

『オペレーション・メコン』予告編

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