『ミズ・マーベル』に感じたボリウッドリスペクト 背景にはディズニーの市場戦略が?

 さて、ドラマ版『ミズ・マーベル』の場合はどうだろうか。原作と能力が違うことが以前から話題となっていたが、冒頭から空想にふけるシーンではじまるところを観ると、大部分は原作の設定に近いように感じられる。パキスタン系アメリカ人という設定で、ニュージャージー州に住んでいるという設定もそのままだ。

 保守的な両親の元で苦しむティーンエイジャー物語は、数々のティーン向けドラマや映画で描き倒されてきた王道的な設定だ。ところが本作においては、イスラム教徒という宗教上における葛藤も重なっている。

 「女性は体のラインが出るような服装をしてはならない」「女性の最高の幸せは結婚して家庭に入ること」など、多様性に向かっている現代のアメリカに生きる女性、特に移民や難民の2世、3世ともなってくると、自分はアメリカ人という認識であるにもかかわらず、親族やコミュニティの保守的な概念と板挟みになってしまうのだ。

 その点もふまえ、大まかな流れとして、スパイス的にインド映画の『シークレット・スーパースター』(2019年)を意識しているようにも感じられた。同作は保守的で女性蔑視な父親のもとで育った、歌手になりたい主人公が顔を隠してネット配信したところバズってしまうというもので、本作の場合もマスクを被った状態でネットに上げられてしまうという展開になっていた。カマラの兄の名前も同作に出演していた、日本では『きっと、うまくいく』(2009年)でも知られているアーミル・カーンと同姓同名となっている……というのは、偶然かもしれないが……。

 ところが、勝手な妄想とも偶然とも言い切れない要素が散らばっている。まず、カマラの父親を演じているのは、ボリウッドの名脇役、モハン・カプールである。

 他にもファワード・カーンやファルハーン・アクタル、アリー・カーンといった、多数のボリウッドスターの出演が予定されていることから、インド映画へのリスペクトは確実にあるだろう。

 それと同時に、一部の国においてはDisney+ Hotstarとして、インドの映画やドラマがディズニープラス内で視聴可能な環境にあることから、ボリウッド俳優の積極的な起用にはプロモーション的な側面も多少あるはず。カプールの場合、Hotstarオリジナルドラマの『Crime Next Door(原題)』(2021年)やインドリメイク版『ホステージ』(2019年)などに出演していることは大きく関係しているとしか思えない。単にパキスタン系の俳優をキャスティングするのであれば、アメリカで活躍する俳優を選べばいいはず。実際にアメリカの事務所には多国籍な俳優が溢れている中で、わざわざボリウッド俳優のカプールをキャスティングしているのはそういうことだろう。

 だからこそ、『シークレット・スーパースター』を全く意識していないとも考え辛いし、仮にそうでなかったとしても確実にインド映画を意識していることは明白である。

 さらに第2話では、インド映画について言及するシーンがある。まさかマーベル作品の中で、シャー・ルク・カーンの名前を聞く日が来るとは驚きである。カーンというのは、『チェンナイ・エクスプレス ~愛と勇気のヒーロー参上~』(2014年)や『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』(2013年)などで知られるボリウッドの名俳優。その人気は自宅が観光名所になるほど。アメリカでも一定の知名度があり、大物司会者デイヴィッド・リレーマンの『デヴィッド・レターマン:今日のゲストは大スター』(Netlfix)でもゲストとして招かれている。

 カマラはインド映画好きという設定にもなっているため、今後のマーベル作品の中でもインド映画について言及できる機会が増えたということだ。予告にある兄の結婚式のシーンでは、ボリウッドダンスのようなシーンも確認できる。

 また、ディズニーの中国市場離れも大きく影響しているともいえる。『エターナルズ』(2021年)や『シャン・チー/テン・リングスの伝説』(2021年)が中国での上映ができない状況の中で、『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』(2022年)も正式に中国公開が決定した。これまでは中国市場も視野に入れて作ってきたが、それが確実には見込めなくなってきている。

 ディズニープラスは現時点では、辛うじて中国でも視聴可能ではあるが、他国と比べても配信されていない作品が多く、Netflixも中国から撤退していることなども考慮すると、配信事業の将来性も圧倒的に不安定である。そういった問題点が積もりに積もって、ディズニー含めハリウッドの本格的な中国離れが加速している。そこで中国市場に変わるのが、まさにインド市場なのだ。

 インドでもマーベルやDCなどのアメコミ映画はもちろん、ハリウッド大作は必ずと言っていいほど、興行収入の上位にランキング入りする。映画料金が圧倒的に安いことや全世界の問題点ともいえる、そもそもの映画館離れが加速しているという課題などはあるものの、2030年までには中国の人口を追い抜くとも予想されているだけに、市場価値は確実にある。

 何よりインドの映画事業のルーツとしてアメリカ映画へのリスペクトもかなり影響しているため、中国のように検閲の厳しさがない。あくまで作品の趣旨を理解し、尊重してくれるのもインドをパートナーにする利点だ。ハリウッドがインドと手を組むのは、自然な流れではないだろうか。

■配信情報
『ミズ・マーベル』
ディズニープラスにて、毎週水曜日16:00より独占配信中
監督:アディル・エル・アルビ、ビラル・ファラー、シャルミーン・ウベード=チナーイ、ミーラ・メノン
脚本:ビシャ・K・アリ
出演:イマン・ヴェラーニ、マット・リンツ、アラミス・ナイト
(c)2022 Marvel

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