『ハケンアニメ!』は明日への活力をくれる一作 細部まで描かれたアニメへの“本気”
好きをつらぬいて、情熱を傾けて仕事をすることができたら、どれほど幸せなのだろうか、と考えるときは多い。時には気持ちが落ち込みながら、好きでもない仕事をしている人もいるだろう。そんな時、情熱をもって仕事をしている誰かの姿を見ると、自分も明日への活力をもらえる。そして『ハケンアニメ!』はまさにそんな映画だった。今回は本作が描いた情熱の塊であるアニメ表現について、考えていきたい。
『ハケンアニメ!』は辻村深月の原作を基に、東映が映画化した作品だ。新人アニメ監督である斎藤瞳(吉岡里帆)を中心としたアニメ制作スタジオが舞台の群像劇であり、久々の監督復帰作で天才と称される王子千晴(中村倫也)と瞳の熾烈な“覇権”アニメ対決が繰り広げられる。またプロデューサーとして、冷静に周囲を観察し適切な判断を下す行城理(柄本佑)や、女性プロデューサーであり王子のファンでもあった有科香屋子(尾野真千子)たちの仕事への姿勢を描いた、アニメ業界を基にしたお仕事エンタメ作品でもある。
アニメ業界は近年、爆発的な興行収入をあげた作品が続くほか、世界的なアニメ需要の増加に伴い、熱視線を浴びている。しかし、その制作の様子はあまり知られていない。本作では監督、プロデューサー、アニメーター、声優などといった多岐にわたる役割の仕事が描かれている。
本作の特長の1つとして、声優の役に本職の声優を起用したことを挙げたい。本作では様々な本職声優が出演しているが、そのことによりアフレコのリアルな雰囲気が現れており、物語の嘘が少ない。また、メインキャラクターの1人である群野葵役の高野麻里佳は、若手声優として人気があり、YouTubeの配信番組のアシスタント歴などはあるものの、これまで顔出しで演技した経験が多いわけではない。高野は劇中の日常会話もアニメ的な声質で演技しており、声優以外のキャラクターとの話し方の違いをアピールすることに成功し、本職だからこその持ち味を発揮している。
このように本作は、アニメに本気だ。アニメ制作現場を描いている以上、そこに嘘があったら、本作は成り立たない。どれほど熱い実写ドラマがあろうとも、作り上げたアニメ作品が全て嘘になれば、それまで描いてきたことは机上の空論になる。特にアニメ表現に目の肥えたファンの厳しい審美眼に耐えられる作品を制作するのは、容易なことではない。
しかし、そんな不安を吹き飛ばすように、何よりもアニメ表現が熱い。劇中で斎藤監督が手がける『サウンドバック 奏の石』と、王子監督の手がける『運命戦線 リデルライト』は、アニメファンが観ても納得がいく、まさに“覇権アニメ”と呼ばれるのにふさわしい作品だった。
『サウンドバック 奏の石』は、現代劇を基にしたロボットアニメであり、ロボットに搭乗するごとに主人公が記憶を失くしていくという設定だ。現代のアニメ作品らしく、聖地巡礼が計画されるほど精緻な背景描写に加えて、日清のCMである『HUNGRY DAYS』も手がけた窪之内英策のキャラクター原案が光る。繊細なキャラクターの心情描写を捉えた作品なのだろうと、容易に想像ができる作品だ。
一方の『運命戦線 リデルライト』は、デフォルメの効いた背景などを舞台に、魔法少女たちがバイクで走り回る勢いの強い作品だ。こちらは『ONE PIECE STAMPEDE』などの、多くの東映アニメーション作品を手がけている大塚隆史らしく、可愛らしさと物語の熱さを感じさせる。そして辻村深月は原作の最後に謝辞として、幾原邦彦監督の名前を挙げている。幾原監督のエピソードや過去作を考えると、リデルライトや王子監督の設定などにニヤリとする工夫があり、アニメファンならではの楽しみ方もある作品だ。
この2作は、全編を観たわけではないにもかかわらず、覇権争いをすると感じさせるほどの力を内包している。この映像を作り上げるために、数年先の予定までびっちりと埋まっているアニメスタジオと粘り強く交渉を続けて、クランクインまで7年かかったというのも納得だ。この映像を見れば、登場人物たちがかけてきた情熱が、何一つ言われなくてもわかるような映像美になっている。