『鎌倉殿の13人』『犬王』『平家物語』のキーマン 佐多芳彦に聞く、“中世ブーム”の理由
『犬王』『平家物語』で拡大したアニメーション歴史劇の可能性
――ただ、そのあたりは、結構気をつかうときもあるんじゃないですか?
佐多:先ほども言ったように、我々は完全な「復元劇」を作ろうとしているのではなく、あくまでも「復元劇」のテイストを持った「エンターテインメント」を作ろうとしているんです。だから、視聴者にとって観やすいもの、観ていてちゃんと感動を得られるものを、作らなくてはいけないわけで……それは、実写であろうがアニメーションであろうが、同じですよね。あと、批判というのは大体、ご存知ないものであることが多いというか、人間って予測していたものが裏切られると、ちょっと腹立たしかったりするじゃないですか(笑)。そう、今の日本人が持っている「時代劇」の感覚っていうのは、実は幕末から明治の初めの「歌舞伎」の感覚なんですよ。
――というと?
佐多:そこには、ちゃんとした理由があって、映画というものが生まれて、映画の時代劇を撮ろうってなったとき、いちばんお世話になったのは、歌舞伎の人たちなんですよね。で、歌舞伎の人たちが、それをどこで学んだかと言うと、自分たちの何代か前の御先祖たちが、幕末から明治の初めに習ったことが、その基盤になっているわけで。テレビの時代劇も、同じなんですよね。テレビの人たちは、映画の時代劇の人たちから、いろいろ教えてもらったわけで。だから、日本人の時代劇の感覚は、基本的に、幕末から明治初めの時代劇の感覚で、全部組み上がっているところがあるんです。
――とはいえ、今回の『犬王』は、鬼才・湯浅監督の作品ということもあり、佐多先生としても、かなり驚かれたところもあったのでは?
佐多:ええと、それはその通りで……試写を観せていただいたあと、しばらく席から立てなかったですから(笑)。
――(笑)。
佐多:というのは、いい意味で裏切られたんですよね。先ほども申し上げましたが、「能楽」というと、なんとなく心の片隅に、観世能とかのイメージがあるわけです。この映画の中でも、ときどき観世の能が、ひょこっと出てきたりしていましたけど。ただ、この映画は、それを完全に振り切っているわけです。振り切っているどころか、もうほとんどロック・ミュージックのような。『ジーザス・クライスト・スーパースター』っていう、有名なロック・ミュージカルがあるじゃないですか。僕はその映画版を小さい頃に観て、すごい驚いたんですよね。「キリストなのにロックなんだ!」って(笑)。そのときと同じような衝撃を『犬王』から受けたんです。要するに、我々が漠然と持っているイメージを、最初からポーンと払いのけて、こういうのもあっていいだろうっていうものを、この映画は提示しているわけで……。
――そもそも、室町時代……とりわけ「犬王」に関しては、わからないことが多いとか?
佐多:そうなんですよ。犬王はもちろん、能楽のルーツですら、実はまだ、はっきりしてないところがあって。恐らくもともとは、神様に奉納するためのものだったと思うんですけど、当時、その芸が優れているという噂が立てば、やっぱりみんな観たいって言い出すわけです。そういう「熱狂」みたいなものが、多分この映画のテーマのひとつなんですよね。中世の人々の熱狂みたいなものに、だんだんと引きずり込まれていくような感じがあるというか。それを疑似体験させてくれるようなところが、この映画にはあると思っていて。ただ、疑似体験と言っても、中世のいろんなものを研究し尽くして、それを反映した形で湯浅さんがやられたとしても、それは多分我々にはわからないと思うんです。昔の人たちが良いと言っていたものを、その当時の形のまま見せられても、僕たちはそれの何がいいのかサッパリわからない。だからこそ、演出が必要なんです。現代人がわかるように、それを翻訳しなければならない。その翻訳の部分を、湯浅さん流でやってくれたのが、この『犬王』という映画なのだと思います。
――そんな『犬王』という作品の中で、佐多先生が特に留意したポイントといったら、どんなところになるでしょう?
佐多:身分の問題です。先ほど言ったように、中世というのは、人々が身分を超えて何かをすることに、まだ可能性や期待を持てた時代ではあるのですが、その前提として、やっぱり身分制というものは、歴然とあったわけです。そう、江戸時代になると、身分を超えた行いが完全に処罰の対処になって、みんなが身分制の中に封じ込められてしまうんですけど、中世はまだ、それを超えられるかもしれない希望があったんです。
――武士だけではなく、農民たちも一揆とかやっていた時代でもあるわけで。
佐多:そうそう。一揆っていうのは、戦国大名の下剋上と、本質的にはまったく同じなんですよね。だから、中世っていうのは、「下剋上の時代」でもあるんです。それは『犬王』の世界においても同じです。犬王は最下層から這い上がって、能楽の世界でトップに立ち、ある意味では義満と対等の立場になろうとさえするわけです。まあ、それが義満の癇に障ったというのもあるんでしょうけど。そう考えると、身分っていうものに、割としっかりラインを引くことは、この映画にとって、すごく大事なことであって……たとえば、犬王がどこにでも現れるのはおかしいわけです。義満のいる「政」の空間に、犬王が何の許可もなく入ってくるようなことは絶対にありえない。権力というのは、場所とか空間認識によって人々に意識されるものですから、そこはしっかり守ってもらって。逆に、犬王が自由に立ち回れるところはどこなのかって言ったら、それは権力の及ぶ外になるわけです。そこだったら、いくらでも自由にやっていい。そしたら、ポスターにもあるような、「橋のたもとのステージ」というものを、湯浅さんたちが考えられて。だからやっぱり、身分ですよね。そこを曖昧にしてしまうと、とんでもなくおかしな時代劇になってしまうんです。
――なるほど。そんな映画『犬王』を、佐多先生は、どんなふうにみなさんに楽しんでもらいたいと思っていますか?
佐多:時代劇だからと言って、まあ時代劇っていうとちょっと湯浅さんに悪い気もするんですけど(笑)、いわゆる歴史劇であって、なおかつ音楽劇でもあるという。なのでとにかく、能楽がどうだとか、犬王という能楽者がどうだとかっていうことではなく、「これは何の映画なんだろう?」っていう興味本位でもいいから映画館に来てもらって、そこで自由に観てもらったら……多分、圧倒されると思うんですよね(笑)。だから、あまり構えないで観て欲しいなって思います。あと、僕の仕事に関することで、ひとつ言うならば、アニメーションで歴史を描くことの可能性の、ひとつの大きなベクトルが、この映画『犬王』であり、それとは全然違うベクトルの可能性が、同じく僕が関わらせてもらったアニメ『平家物語』だったと思うんです。いずれも、アニメーションでなくてはできなかった歴史劇になっていて。
――確かに。佐多先生が関わったこの2本の作品で、アニメーションの歴史劇の可能性は、かなり広がったように思います
佐多:そう思います(笑)。放送は『平家物語』のほうが先でしたけど、実は『犬王』のほうが先にスタートしていたんですよね。で、僕は『宇宙戦艦ヤマト』とか『機動戦士ガンダム』の世代なものですから(笑)、最近のアニメーションについては、実はまったくわからないところがあって。だから、「考証」という意味で、どこまでのクオリティを維持すればいいのか、最初すごい悩んだんです。ただ、ちょうどコロナ禍で、自宅にいる時間も長かったものですから、「最近のアニメーションは、どうなっているんだろう?」と、配信でいろいろアニメーションの時代劇を観まくって……で、とある作品を観ながら、内容はすごく面白かったんですけど、考証については結構微妙なところがあって。「ああ、この甲冑をキチッと描いてくれたら、もっとカッコいいのになあ」とか思っていて。
――(笑)。
佐多:そういうものを観ていて気付いたんです。アニメーションは実写と違って、アニメーターの方々が全部描いているわけだから、衣装や甲冑などの細かい情報提供こそ、僕がしっかりやらなくてはならないんだと。だから、『平家物語』が、割と順調に進んだのは、実はその前に『犬王』で散々試行錯誤したからなんですよね。ホント、寝ないで考えましたから(笑)。ただ、それによって、自分がアニメ作品を監修する場合の方向性みたいなものを、自分の中で決めていくことができたんですよね。
――なるほど。そういう意味でも、アニメーションの時代劇は、まだまだ面白くなりそうですよね。
佐多:僕もそう思います。時代小説とかでも、実はいい話が、いっぱいあるんですよ(笑)。ところが、時代劇っていうだけで、みんなちょっと構えてしまったり、怖気づいてしまうところがあって。変な話、すでに実写化されているものでも、「これ、アニメーションでやったほうが、絶対面白いよな」って思うものが、結構あったりするじゃないですか。そういうことを踏まえつつ、オーソドックスな時代劇の方向でしっかり描いたのが『平家物語』であり、確信犯的に新しいことをどんどん導入するタイプの歴史劇が『犬王』であると。そういうアニメーションの時代劇の方向性みたいなものを、この2本の作品で、ある程度示せたような気がしているんですよね。
■放送情報
『鎌倉殿の13人』
NHK総合にて、毎週日曜20:00~放送
BSプレミアム、BS4Kにて、毎週日曜18:00~放送
主演:小栗旬
脚本:三谷幸喜
制作統括:清水拓哉、尾崎裕和
演出:吉田照幸、末永創、保坂慶太、安藤大佑
プロデューサー:長谷知記、大越大士、吉岡和彦、川口俊介
写真提供=NHK
■公開情報
『犬王』
5月28日(土)全国公開
声の出演:アヴちゃん(女王蜂)、森山未來、柄本佑、津田健次郎、松重豊、片山九郎右衛門、谷本健吾、坂口貴信、川口晃平(能楽師)、石田剛太、中川晴樹、本多力、酒井善史、土佐和成(ヨーロッパ企画)
原作:『平家物語 犬王の巻』古川日出男(河出書房新社刊)
監督:湯浅政明
脚本:野木亜紀子
キャラクター原案:松本大洋
音楽:大友良英
総作画監督:亀田祥倫、中野悟史
キャラクター設計:伊東伸高
アニメーション制作:サイエンスSARU
配給:アニプレックス、アスミック・エース
(c)2021 “INU-OH” Film Partners
公式サイト:inuoh-anime.com
公式Twitter:@inuoh_anime
■配信情報
『平家物語』
FODなど各配信サイトで配信中
声の出演:悠木碧、櫻井孝宏、早見沙織、玄田哲章、千葉繁、井上喜久子、入野自由、小林由美子、岡本信彦、花江夏樹、村瀬歩、西山宏太朗、檜山修之、木村昴、宮崎遊、水瀬いのり、杉田智和、梶裕貴
原作:古川日出男訳 『池澤夏樹=個人編集 日本文学全集09 平家物語』河出書房新社刊
監督:山田尚子
脚本:吉田玲子
キャラクター原案:高野文子
音楽:牛尾憲輔
アニメーション制作:サイエンスSARU
キャラクターデザイン:小島崇史
美術監督:久保友孝(でほぎゃらりー)
動画監督:今井翔太郎
色彩設計:橋本賢
撮影監督:出水田和人
編集:廣瀬清志
音響監督:木村絵理子
音響効果:倉橋裕宗(Otonarium)
歴史監修:佐多芳彦
琵琶監修:後藤幸浩
(c)「平家物語」製作委員会
公式サイト: HEIKE-anime.asmik-ace.co.jp
公式Twitter:@heike_anime