『野獣死すべし』を現代的な視点でドラマ化 ミステリー『ビースト・マスト・ダイ』の余韻

「わたしはある男を殺す。そいつの名前も住んでいる所も知らない。どんな顔かも知らない。でも見つけ出し、必ず殺す」

 主人公フランシス(クシュ・ジャンボ)は最愛の我が子をひき逃げ事件によって奪われた。見通しの良い田舎道にはブレーキ痕すら残されておらず、残忍な犯行に彼女は強い殺意を募らせていく。警察の捜査が遅々として進まない中、独自に調査を始めたフランシスはやがて事件現場と同じワイト島に住む資産家ジョージ(ジャレッド・ハリス)の存在を突き止めるのだが……。

 スターチャンネルEXで配信中、テレビでもBS10 スターチャンネルでは3月9日から放送がスタートするサスペンスドラマ『ビースト・マスト・ダイ/警部補ストレンジウェイズ』の原作は、1938年に出版されたミステリー小説『野獣死すべし』。1969年にはフランスの名匠クロード・シャブロル監督によって映画化もされており、実に52年ぶりの映像化となる。原作者のニコラス・ブレイクはイギリスの桂冠詩人セシル・デイ=ルイス(あの名優ダニエル・デイ=ルイスの父!)のペンネームで、本作は彼の代表シリーズ“私立探偵ナイジェル・ストレンジウェイズ”の第4作目だ。古典とも言うべきハードボイルド小説に本作では数々の現代的なアレンジが施されており、中でも原作では男性だった主人公を女性へ変更した点は重要だろう。ハードボイルド特有の男のロマンチシズムが消え、代わって母親たちの物語として新たな文脈を獲得することに成功している。フランシスの復讐のターゲットとなるジョージは、年若い妻、その妹、そして年老いた自身の姉と共に巨大な邸宅に暮らしており、彼女たちを精神的にも肉体的にも支配している鬼畜。あらゆる人間を食い物にするジョージと復讐者フランシスの対立軸は際立ち、やがて彼女の存在はジョージを囲む女性たちにも影響を及ぼしていくのだ。

 『ビースト・マスト・ダイ』はフランシスに扮したクシュ・ジャンボのパワフルなパフォーマンスに牽引された作品である。人気シリーズ『グッド・ファイト』の弁護士ルッカ・クイン役で見せてきた都会的な洗練から一転、ジャンボはフランシスの激しい怒りに抱えきれないほどの憎悪に支配されてしまった苦しみを混在させ、充実である。対するジョージ役のジャレッド・ハリスは近年、『ザ・クラウン』のジョージ6世や『チェルノブイリ』のレガソフ博士役ですっかり名優の貫禄だが、キャリアを振り返れば作品ごとにガラリと印象を変えてきた曲者俳優であり、悪役の経験も少なくない。今回も余裕たっぷりにクシュ・ジャンボを迎え撃っている。

 そしてフランシスは身分を偽ってジョージに接近。犯行の証拠を得ようとあらゆる手段を尽くし、殺害計画を着々と進めていく。いったいどちらが“野獣”なのか? 彼ら2人の心理戦が本作の大きな見どころの1つだ。

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