『ハウス・オブ・グッチ』から『メディア王』まで 強烈な毒で更新されるブラックコメディ

 例年、12月を過ぎるとハリウッドはアカデミー賞へ向けた賞レースが本格化する。受賞結果に留まらず、膨大なノミネートリストを見渡すと、そこからはアメリカ映画が目指す方向性、ムーブメントが窺い知れてくる。1月に入るとアカデミーと投票母体がかぶる各組合賞のノミネートが発表され、オスカー予想は佳境に差し掛かる。

 今年のアメリカ映画俳優組合賞のノミネートで目を引いたのは、批評家からの支持が伸び悩んだ『ドント・ルック・アップ』『ハウス・オブ・グッチ』がキャスト賞にノミネートされたことだ。俳優組合賞には作品賞というカテゴリーがなく、代わりに出演陣のアンサンブルを評価したキャスト賞がそれに相当する。投票者である俳優たちの演技的欲求をくすぐるような群像劇が高く評価される傾向だ。

『ハウス・オブ・グッチ』(c)2021 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.

 『ハウス・オブ・グッチ』はファッションブランド“グッチ”の社長マウリツィオ・グッチが、妻パトリツィアによって暗殺された事件を描くリドリー・スコット監督作。主演女優賞候補のレディー・ガガを筆頭に、スコットの前作『最後の決闘裁判』からアダム・ドライバーが続投し、アル・パチーノ、ジェレミー・アイアンズと大御所が名を連ねた。パオロ・グッチに扮したジャレッド・レトは特殊メイクで大変身し、助演男優賞にノミネートされている。記憶に新しい陰惨な事件がベースなだけに、スコットがこの世の非情と無情を描くのかと思いきや、意外なことにブラックコメディに仕上がっていた。現代の王侯貴族のように振る舞うグッチ家が、パトリツィアの野心によって崩壊していく。イタリア訛りのオーバーアクトで七転八倒するレトが可笑しい。パトリツィアをそそのかす占い師役のサルマ・ハエックが、グッチを傘下に収めるブランドコングロマリット「ケリング」の社長夫人という場外オチに、スコットのユーモアセンスがある。

『ハウス・オブ・グッチ』(c)2021 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.

 『ハウス・オブ・グッチ』に強い影響を与えたと思われるのが『メディア王~華麗なる一族~』(以下、『メディア王』)だ。HBOによるこのTVシリーズは現在シーズン3を迎え、俳優組合賞のテレビシリーズ部門ではキャスト賞ほか計5部門にノミネートされている。巨大メディアコングロマリット創業一家の家督相続を巡る本作もまた、王侯貴族のような彼らの生活をニコラス・ブリテルの優雅なスコアに乗せて描いていく。市井の常識からかけ離れた彼らの傍若無人ぶりは可笑しく、ついつい“推し”を作りたくなってしまうところに人物造形の巧さがある。それは大富豪の宇宙旅行をもてはやすような僕ら社会の衆愚性も笑っているのだ。そしてドラマは強権的な父親と、正当な愛を得ることができなかった子供たちの物語としてシェイクスピア劇のような奥行きを見せていく。家長を演じるのは大ベテランのブライアン・コックス。子供たちにジェレミー・ストロング、サラ・スヌーク、キーラン・カルキンらあまり馴染みのない俳優が扮し、全員が名演を披露している。アメリカ映画界の層は厚い。

『メディア王~華麗なる一族~ シーズン3』(c) 2022 Home Box Office, Inc. All rights reserved. HBO® and all related programs are the property of Home Box Office, Inc.

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