立教大学教授イ・ヒャンジンが語る、韓国ドラマの現在地 キーワードは“トランスメディア”

 『愛の不時着』『梨泰院クラス』『イカゲーム』などのドラマ、NiziU、BTSなどのアーティストが流行し、「第4次韓流ブーム」とも呼ばれるなど現在の韓国コンテンツは新たな盛況を見せている。

 今回、リアルサウンド映画部では、韓国、北朝鮮、日本を中心とするアジア映画研究を専門に、立教大学異文化コミュニケーション学部教授として、『韓流の社会学ーファンダム、家族、異文化』(岩波書店、2008年)、『コリアン・シネマ——北朝鮮・韓国・トランスナショナル』(みすず書房、2018年)ほか数多くの著作を刊行、日本・海外での韓国カルチャーの受容を観察し続けてきたイ・ヒャンジン教授にインタビュー。現在に至るまでの韓国カルチャーの受容の変遷を語ってもらった。(編集部)

「韓国の観客は、とても厳しいんです」

取材時のイ・ヒャンジン氏

――イ・ヒャンジン先生は、『イカゲーム』(2021年)という世界的なヒットも生まれた2021年の韓国ドラマの状況を、どのように見ていますか?

イ・ヒャンジン:実は『イカゲーム』が、ここまで世界的なヒットになるとは最初に観たときには思わなくて(笑)。正直、驚いたところはあります。それは、韓国のドラマをこれまでずっと観てきた人たちも、同じだったのではないでしょうか。そういった人たちにとって『イカゲーム』は、「すごく新しいもの」という感じではなく、いまやたくさんのジャンルがある韓国ドラマのひとつとして、こういう感じのものもあるかなと……。

――わかります(笑)。

イ・ヒャンジン:(笑)。なので、『イカゲーム』の世界的なヒットの要因としては、やはりNetflixで大々的に世界配信されたということが、いちばん大きいように思います。あと、私はこれまで「トランスナショナル」という観点から、韓国の映画やドラマを研究してきたのですが、今回の『イカゲーム』に関しては、さらにもうひとつ「トランスメディア」という特徴があるように思っているんです。

『イカゲーム』Netflixにて配信中

――というと?

イ・ヒャンジン:『イカゲーム』の原作・脚本・監督を担当しているのは、『トガニ 幼き瞳の告発』(2011年)や『怪しい彼女』(2014年)といった作品で日本でも知られている、映画監督のファン・ドンヒョクです。さらに、『イカゲーム』のあとに配信されて、こちらも世界的に話題となった『地獄が呼んでいる』(2021年)を監督したヨン・サンホは、もともとアニメーションの監督であり、その後『新感染 ファイナル・エクスプレス』(2016年)、『新感染半島ファイナル・ステージ』(2020年)などの実写映画を監督して好評を博した監督です。つまり、『イカゲーム』や『地獄が呼んでいる』といった作品は、従来のドラマファンよりも、映画ファンに受け入れられやすいところがあったのではないでしょうか。さらに、『地獄が呼んでいる』の場合は、原作が韓国のウェブトゥーンですよね。映画の経験のある監督が、映画的なカメラワークやイマジネーションをドラマの世界に持ち込む、あるいはウェブトゥーンの自由な発想力が、ドラマの世界に持ち込まれる――そういった「メディア」をまたいだ「トランスメディア」な作品が多くなってきているというのが、最近の韓国ドラマのいちばん興味深いところだと思います。

『地獄が呼んでいる』Netflixにて配信中

――なるほど。そもそも、世界の人々が韓国映画に興味を持ち始めたという意味では、やはりポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』(2019年)が2020年の第92回アカデミー賞で作品賞を受賞したことも大きいのでしょうね。

イ・ヒャンジン:そうですね。アカデミー賞の授賞式のスピーチで、ポン・ジュノ監督が「字幕の1ミリの壁を飛び越えれば、みなさんは遥かに多くの映画に会うことができる」と言っていましたが、それによって韓国映画に対する興味が世界的に高まったというのはあるでしょう。しかも、そういった韓国の映画監督が、まさしく映画的なスケールで撮ったドラマ作品を配信で手軽に観ることができる。『イカゲーム』に関しては、そういう流れもあったように思います。

――確かにそうかもしれないです。

イ・ヒャンジン:あと、アカデミー賞の授賞式で思い出しましたが、同じ場所で『パラサイト』の制作を担当したCJグループのイ・ミギョン副会長もスピーチをしていましたよね。そのスピーチの中でイ副会長が言っていた「韓国の観客に感謝します」という言葉が、私はすごく印象に残っていて。この発言が何を表しているかというと……韓国の観客は、とても厳しいんですね。映画が面白くなかったら、いくら有名な監督の映画でも「面白くない」とはっきり言う。そういう議論が、韓国の観客のあいだでは、活発に行われているんです。それによって、韓国映画自体が、切磋琢磨されていったところもあるのでしょう。

『イカゲーム』Netflixにて配信中

――ちなみに『イカゲーム』の韓国国内での反応は、どのようなものだったのでしょう?

イ・ヒャンジン:面白かったという人もいれば、そうでもなかったという人もいて……それがちょうど半々ぐらいの、非常にコントラバーシャルな感じでした。『イカゲーム』の場合は、女性の描き方という点で、フェミニスト的な文脈から批判されたところもあって、必ずしも全員が全員評価しているわけではなく、とにかくいろんな観点から、さまざまな形で議論がなされました。ただ、私から見たら、それは非常に健全な状況ではあって……「この映画、ちょっとここがおかしくない?」とか「この部分は、すごく面白かった」とか、ひとつの作品についてみんなでいろんな話ができることは、とてもいいことですよね。

――イ・ヒャンジン先生は、日本における韓流ブームを考察した『韓流の社会学ーファンダム、家族、異文化』(2008年)を上梓されるなど、日本における韓国ドラマの受容のされ方について長らく見てきた方ですが、近年そこに何か変化を感じたりしますか?

イ・ヒャンジン:私は、自分が教えている大学の学生たち――女子学生が多いのですが――と、よく韓国ドラマの話をするのですが、ロマンチックなメロドラマを好きな学生が、やはり今も多いようです。ただ、個人的に面白いと思ったのは、私が受け持っているクラスは、ペ・ヨンジュンの話から始まることが多いのですが、彼の写真を見せても、わからない学生が結構いるんですね。「あなたたちのお母さん世代が、熱心に観ていたドラマの主役ですよ!」と言っても、「なんとなく顔は見たことあるかも」ぐらいの感じで(笑)。

――(笑)。『冬のソナタ』(2002年)が流行っていた頃は、まだ生まれているか生まれてないかの頃だったわけですからね。

イ・ヒャンジン:私が初めて日本にきたのは2005年頃だったんですけど、そのときはみんな「ヨン様、ヨン様」で……そのあとは『美男ですね』(2009年)などに出ていたチャン・グンソクが、とても人気でした。けれども、最近の学生は、どうやらそういう感じでもない。かつてのように、みんながペ・ヨンジュン、みんながチャン・グンソクのことが好きではなく、それぞれが違う俳優を推している感じがある。『ピノキオ』(2014〜2015年)のイ・ジョンソクが好きな学生もいれば、『梨泰院クラス』(2020年)のパク・ソジュンが好きな学生もいる。そこが面白いところだと私は思っています。今の日本の若者たちは、好きな俳優をスターとして追うよりも、いちばん最近のドラマを追うことが多いようです。

『梨泰院クラス』

――役者よりも作品を追っているわけですね。そういう意味では、韓国ドラマというジャンル自体が、日本においても、かなり定着したと言えるのかもしれません。とりわけ、若者たちのあいだで。

イ・ヒャンジン:そうですね。だから、ファンのロイヤリティみたいなものも、以前とは少し違ってきているように思います。私が『冬のソナタ』を研究した頃は、一度ファンになったら永遠にファンという方が多かったのですが、若者に限らず最近の人たちは、作品によって「推し」が変わっていくこともある。そういうファンダムの変化があるように思います。

――とはいえ、『イカゲーム』のような作品ではなく、やはりメロドラマが、今もジャンルとしては人気が高いんですね。

イ・ヒャンジン:日本で人気なのは、やはりメロドラマですよね。ただ、それは別の見方をすると、韓国のメロドラマの特性である、ハイブリダイゼーションによるものなのかもしれません。韓国のメロドラマは、非常にハイブリッドなものが多い。つまり、メロドラマの中に、いろんなジャンルの要素が盛り込まれているのです。それは、今に始まった話ではなく……『冬のソナタ』は典型的なメロドラマでしたが、イ・ビョンホンが主演した『オールイン 運命の愛』(2003年)はギャンブラーの話だったので、その中にアクションだったりマフィア映画の要素だったり、いろいろなジャンルが混ざっていました。いわゆる時代劇の場合もそうです。日本でも人気があった『宮廷女官チャングムの誓い』(2003年〜2004年)も、メロドラマ的な要素がありつつ、よく見たら政治ドラマだったりするわけです。最近、日本でも人気が出てきた『恋慕』(2021年)も、そういうところがありますよね。あのドラマは時代劇ですが、亡くなった双子の兄の代わりに、妹が男装して「世子」となるという話なので。そこには、フェミニズム的な要素も入っているんです。といった感じで、今の若い人たちが好きなメロドラマは、単にメロドラマというだけではなく、そこにソーシャルリアリズムを反映したものが多いように思います。『梨泰院クラス』にも、そういう側面がありましたよね。

――確かに。逆に言うと『イカゲーム』のような作品にも、メロドラマ的なウェットな要素が入っていたりしますよね。そこが、韓国のドラマや映画の特徴という気がします。

イ・ヒャンジン:『イカゲーム』には、確かにそういう要素がありましたね。恋愛の要素はあまり無かったですが、母親に対する愛情とか、子どもに対する思いとか、そういうウェットな要素がいくつも盛り込まれている。それが無かったら、『イカゲーム』は、ここまで世界的に支持されなかったのではないでしょうか。

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