綿矢りさ、『アイム・ユア・マン』で想像する未来の形 技術は孤独を救ってくれるのか?
「わからないけど、なんかわかる」ということ
――先ほど「昔の漫画だったら」という話がありましたが、「アンドロイドが恋人」というような設定はこれまでもありますが、その主体が女性というのは、新鮮に映りました。
綿矢:でも、この映画の場合は、恋がしたいという欲望よりも、ひとりで暮らす彼女のお父さんが出てきたことが顕著なように、「これからの人生、どうしていくのか?」ということに焦点が当たっているというのが大きい気がします。自分はこのまま、面倒をみてくれるようなパートナーもなく、もちろん子どもがいるわけでもなく、ひとりで死んでしまうのだろうかという不安が発端でもあるという。
――いわゆる「孤独死」的なものへの恐怖というか。
綿矢:そう。だから、恋がしたいっていうよりかは、仕事も忙しいし、ぶっちゃけ恋とかはもういいんやけど、将来のことを考えると、誰か一緒に暮らしてくれるような人がいたほうがいいのかもしれないという曖昧な感覚がこの映画の焦点だと思うんです。
――そういえば、綿矢さんは、恋愛シミュレーションゲーム『ときめきメモリアル Girl’s Side』の大ファンだという話をちょっと聞いたのですが、その観点からはいかがですか?
綿矢:『ときメモ』、大好きです(笑)。でも、『ときメモ』は、初めは全然自分のことが好きじゃなくて、いろいろ努力することによって好きになっていくゲームじゃないですか。だから、この映画みたいに、初めから自分のことが好きなように設定されているのとは、ちょっと違うかなあ……。あと、『ときメモ』は、恋愛が成就したら、そこで終わるので(笑)。
――なるほど(笑)。ということは、ある意味、アルマが心を開いてくれるように努力するトムの立場というか。
綿矢:そうそう。『ときメモ』の場合は、相手が気に入るような選択をしないと、めっちゃ嫌われるから(笑)。
――ロボットの機嫌を取ったり、ロボットに機嫌を取られたりしている我々だと(笑)。
綿矢:本当ですね(笑)。
ーー本作を観て、のんさん主演、大九明子監督で映画化もされた、綿矢さんの小説『私をくいとめて』のことを、ちょっと思い出しました。あの小説も、「脳内彼氏」ではないけれど、主人公の脳内に「A」という、何でも受け止めてくれる人格がいるような話です。
綿矢:ああ、そうですね。言われてみれば、確かに似ているところはあるかもしれないです。『私をくいとめて』の主人公の頭の中でしゃべっている「A」っていう存在は、ちょっとカーナビ寄りっていうか、基本的に敬語やし、映画で声を担当していただいた中村倫也さんの声も、ロボットのようなフィーリングがあって、確かに似ているかもしれないです。
――もちろん、その後の展開は全然違います。
綿矢:そうですね。『私をくいとめて』のほうは、Aが話し相手になってくれるだけではあるので(笑)。でも、そういうテーマみたいなものが、ちょっと流行っているのかもしれません。今回の映画の最後で、彼女がレポートに書いていたけど、自分の気持ちに添うような相手とばかり過ごしていたら、普通の人づきあいができなくなってしまう気がするというか。それは、『私をくいとめて』のテーマのひとつでもありました。
――『私をくいとめて』でも、途中から生身の男性と距離が縮まりますが、そのことで相手の嫌な部分に目がいくようになります。
綿矢:『私をくいとめて』の主人公は、それでリアルの人と接することを避けるようになって、頭の中で「A」と話すようになりますが、それをどう解決するかというのが、だんだん気になるテーマになってきているのかな。最近読んだ小説にも、「おすすめのコンテンツ」みたいなものがどんどん出てくるから、そうやってレコメンドされるまま、ずっと読み続けるという近未来の描写がありました。そうやって自分の好きなもの、自分にやさしいもの、自分の思い通りのものが手に入るようになってきているから、それに対する抵抗感が、いろんな作品に出てきているのかもしれません。
――そういう意味でも、ある程度「摩擦」や「衝突」のようなものがないと、その人自身も変わらないというのは『私をくいとめて』でも描かれていました。
綿矢:そうですね。ただ、この映画の場合は、相手が人型だから、もっとやっかいですよね。だからやっぱり、人型にはしないほうがいいのかもしれない。アレクサが人型だったら、捨てづらくてしょうがない(笑)。
――(笑)。ロボットはロボットらしい見た目のほうがいい?
綿矢:そうですね。そのほうが素直に愛せるかもしれない(笑)。やっぱり、人型は夜には見たくないから、アンドロイドも実用は厳しいかもしれません(笑)。いつかは慣れるのかもしれないですがいきなり彼みたいな人型アンドロイドが出てきても、やっぱりちょっと手に余るんじゃないかな。ただ、逆にそういう意味では、ひとつ印象的なシーンがあって……。
――どのシーンでしょう?
綿矢:アンドロイドのトムが、鹿に囲まれているシーンがあったじゃないですか。あの場面が、すごく良かったんですよね。トムは人間じゃないから、鹿にも警戒されなくて、それで鹿に囲まれて立っているんですが、その姿を見て彼女は彼により惹かれるようになる。人間じゃないということが個性になって、キュンとなるような描写があって、すごく好きなシーンです。花びらを浮かべたお風呂を用意したりするよりも、そういう見たこともないような光景の中に、ちょっと好きになりかけの人がいるというのがすごく恋愛のきっかけとして機能していたと思うんです。
――女性監督ならではの視点かもしれないです。
綿矢:どうだろう、女性だから思いつくというよりは、監督さんの才能だと思います。あんなシーンはこれまで観たことなかったです。アンドロイドであることを逆手に取って、動物と触れ合わせるという逆転の発想が活きていて、「いやー、いいシーンやなあ」としみじみ思いながら観ていました。
――そういう意味でも、観たあとに語り甲斐のある映画というか、いろいろ話したくなる映画です。
綿矢:そうですね。私は観て面白かったから、私と近い年代の女の人同士で観たら、きっと面白いと思うんじゃないでしょうか。設定はちょっとSFっぽいですが、突飛な感じだったり、国の違いを感じたりもしなかったです。毎日の仕事が忙しい中にアンドロイドが来て、パートナーというものについて考えながらも、実際のプライベートでは、昔の恋人と別れてそのまんまどこか宙ぶらりんになっているような感じも、すごく共感できるというか、想像できました。
――昨年綿矢さんが出版されたエッセイ『あのころなにしてた?』の中で、昔は「共感」を気にしていたけど、今は「共鳴」のほうに関心があると書かれていました。
綿矢:「私もわかる」っていう感想よりも、「わからないけど、なんかわかる」みたいな感じというか、そういう「共鳴」のほうが、今は嬉しいのかもしれないです。本当にいい小説や映画って、全然経験したことのないようなシチュエーションでも、なんかわからせてくれる場合があるじゃないですか。
――それこそ、この映画のような体験は、誰もしていないわけで。
綿矢:そうですよね(笑)。だけど、もしこういうロボットをもらってしまったら、どうしようと考えたり、自分の生活を振り返ったり……。最初に言ったように、設定自体はSFっぽいけれど、取り組んでいるテーマ、本作が見据えている社会問題は、すごくリアルだと思いました。
■公開情報
『アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド』
新宿ピカデリー、Bunkamuraル・シネマほか全国公開中
監督:マリア・シュラーダー
出演:ダン・スティーヴンス、マレン・エッゲルト、ザンドラ・フュラー
配給:アルバトロス・フィルム
2021年/ドイツ映画/ドイツ語/107分/英題:Iʼm your man/日本語字幕:金澤荘子/PG-12
(c)2021,LETTERBOX FILMPRODUKTION,SÜDWESTRUNDFUNK
公式サイト:imyourman-movie.com