藤本有紀の“スパルタ脚本”を成立させた上白石萌音の演技力 『カムカム』安子編を読む
安子をはじめ、算太も、勇も、この物語に登場する人々は、誰もが凸凹で不完全な存在だ。聖人君子ではない彼らが、それぞれひたむきに生きながらも、時代の大きなうねりに飲み込まれていく。彼らのみならず、戦争によって何もかも奪われた当時の人々の大多数が、アイデンティティー・クライシスに陥っていたのではないだろうか。
わずか6歳のるいが「I hate you」と、わざわざ英語で告げた、母への拒絶。安子にとっては死刑宣告に等しいこの「決別」を境に「安子編」が終わり、「るい編」が始まったわけだが、るい自身もここで初めて「I(私)」、つまり「個」を叫んだのではないだろうか。さらにその後、成長したるい(深津絵里)は「雉真の家に縛られたくない」と、額の傷の手術を拒み、岡山を出て、金銭的援助も断るという「選択」を自ら行っている。
3代目ヒロインの名が「ひなた」であることから、るいの物語では「憎しみ」をどのように「愛」へと変えていくのかが描かれることが期待される。時代や環境、親から与えられた「宿命」とどう向き合うか。自分の人生をいかに切り開いて幸せを見つけていくのか。このドラマは安子、るい、ひなた、3世代のファミリーヒストリーという「個人史」を通じて、「女性と社会」の関係の変遷、ひいては戦後以降の日本人による「個」の獲得の歴史をも描こうとしている気がしてならない。
さて、2021年の今日も、相変わらず理不尽な世の中だ。そんな中で、人は過去から受けたものを「嗣ぐ」か「捨てる」か、様々な選択をしながら生きていく。「安子編」で描かれた主人公の苦悩が、「るい編」「ひなた編」では、時代の変遷とともにさらに形を変えていくだろう。彼女たちが「私」を取り戻してたどり着く「自分自身の人生」を見守っていきたい。
■放送情報
NHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4:seven:K30〜7:45、(再放送)11:00 〜11:15
※土曜は1週間を振り返り
出演:上白石萌音、深津絵里、川栄李奈ほか
脚本:藤本有紀
制作統括:堀之内礼二郎、櫻井賢
音楽:金子隆博
主題歌:AI「アルデバラン」
プロデューサー:葛西勇也・橋本果奈
演出:安達もじり、橋爪紳一朗、松岡一史、深川貴志、松岡一史、二見大輔、泉並敬眞ほか
写真提供=NHK