『キングスマン』前日譚では英雄に “葛藤”を体現するレイフ・ファインズの足跡をたどる

 人気アクションシリーズ『キングスマン』の最新作が12月24日から公開中。どこの国にも属さない独立諜報機関“キングスマン”の誕生を描く前日譚だ。本作で主演を務めるのは、レイフ・ファインズ。『ハリー・ポッター』シリーズで、ヴォルデモート卿という世界で最も有名な悪役を演じた彼は、本作では英雄を演じている。今回はあらためて、これまで多くの作品に出演し、高い評価を受けてきた彼の足跡をたどってみよう。

芸術家一家に生まれ、『ハムレット』でトニー賞を受賞

『キングスマン:ファースト・エージェント』ワールドプレミアでのレイフ・ファインズ (c)2021 20th Century Studios. All Rights Reserved.

 レイフ・ファインズは1962年、イギリスのサフォーク・イプスウィッチで生まれた。父は写真家、母は小説家という芸術家の家庭で、彼は6人きょうだいの長男だ。いちばん末の弟は、『恋に落ちたシェイクスピア』などで知られるジョセフ・ファインズ。そのほかの弟や妹も、映画監督やミュージシャン、プロデューサーとして活躍している。レイフ・ファインズはすべての教育課程を修了後、イギリスの美術大学チェルシー・カレッジ・オブ・アート・アンド・デザインへ進学した。1985年には、王立演劇学校で舞台俳優としてのキャリアをスタート。1988年からロイヤル・シェイクスピア・カンパニーに参加し、数々の舞台を踏んだ。そして1995年、ブロードウェイで『ハムレット』に主演し、トニー賞を受賞。舞台俳優として順風満帆なキャリアを築いてきた。しかし実は、彼はトニー賞受賞前に映画デビューもしている。

名作古典小説の映画化で主演デビュー その後オスカー候補にも

 1992年、ファインズは『嵐が丘』でスクリーンデビューを果たした。彼が演じたのは、主人公のヒースクリフだ。幼なじみで恋人だったキャシー(ジュリエット・ビノシュ)に裏切られた彼は、彼女の大切なものを奪うことで復讐しようとする。キャシーの兄とその息子、彼女の夫、そして娘を次々と自分の支配下に置いていくヒースクリフの邪悪さを、ファインズは鬼気迫る演技で表現した。しかしこの役の根底にあるのは、キャシーへの深い、そして歪んだ愛だ。どんなに憎んでも、キャシーに対する愛は消えない。彼はその両端と中間を自由に行き来する演技を披露している。

 翌年、彼は『シンドラーのリスト』で、ナチス親衛隊将校アーマン・ゲートを演じた。こちらもやはり、ただ悪辣なだけではない役どころだ。ゲートは収容所のユダヤ人を戯れに撃ち殺すような残酷かつ気まぐれな人物。そのうえ事業家であるオスカー・シンドラー(リーアム・ニーソン)に簡単に買収されるほど強欲だが、1つだけ葛藤を抱えていた。彼はユダヤ人女性でメイドのヘレン(エンベス・デイヴィッツ)に惹かれるようになってしまったのだ。ユダヤ人に対する差別意識と、1人の女性への愛との間で苦しむ残酷な支配者。その姿は、彼もまたある意味で戦争の被害者だったのだと感じられるほど、ファインズの絶妙な演技が光る。彼はこの作品で英国アカデミー賞助演男優賞を受賞し、アカデミー賞でも助演男優賞にノミネートされた。

 1996年に主演した『イングリッシュ・ペイシェント』は、第二次世界大戦中のイタリアを舞台とした物語だ。ファインズが演じた身元不明の“イギリス人の患者”は、全身に重度のやけどを負い、自分の名前も思い出せないという。そんな彼を気の毒に思ったカナダ人看護師のハナ(ジュリエット・ビノシュ)は、空襲で半壊した修道院に住み着き、彼を看取ることにした。その後、英陸軍工作員のキップ(ナヴィーン・アンドリュース)や、カナダ軍諜報部隊のカラヴァッジョ(ウィレム・デフォー)らが彼らとともに住み始める。そんな生活のなかで、彼は徐々に記憶を取り戻していく。“イギリス人の患者”ことラズロ・アルマシーは、軍隊の仲間の妻キャサリン(クリスティン・スコット・トーマス)と不倫の恋に落ち、彼女の夫から復讐されたのだ。記憶を失う前のアルマシーは独身の色男で、キャサリンへの想いは激しいものだった。彼女との関係がうまくいかなくなると、正気を疑うような行動に出たりもする。それまでファインズが得意としてきた役柄に近い、少しねじれた人物だと言っていいだろう。しかしその後、全身にやけどを負い、体を動かせなくなったアルマシーの悲哀を表現するのは、彼の声と目線、そしてわずかに動く手だけだ。焼けただれた顔にはほとんど表情がないのに、彼の悲しみや後悔、懺悔の気持ちがはっきりと伝わってくる。なんという表現力だろうか。アカデミー賞主演男優賞へのノミネートも納得だ。

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