前作に続き批評家と観客の間で評価が二分 “娯楽映画”としての『ヴェノム』シリーズを考える
それでは、なぜ満足した観客が少なくなかったのだろうか。それは大筋で、批評家と観客の“見ているポイント”が違うからなのではないかと思われる。本作が何よりも重視しているのは、トム・ハーディの珍しいコメディ調の演技や、エディとシンビオートのやりとり、共同生活者としての関係などにある。印象深いのは、元恋人のアンが決定的な別れを告げるシーンで、アンがエディの中にいるシンビオートに「彼をお願い」と語りかける描写である。これではもはや、シンビオートがエディの恋人代わりだと言わんばかりではないか。
失恋をした夜の帰路……打ちひしがれるエディに対して、「“俺たち”は傷ついた」と、シンビオートが声をかける。この場面は名作『カサブランカ』(1942年)のラストシーンを想起させるものがあるが、この二人の結びつきはもっと強い。もはや親友や恋人すら超えた親密さを両者に感じさせる、本作で最も美しいシーンとなっているのだ。そしてついに二人は、水入らずでハネムーンのようなバカンスに向かうのである。この両者のほっこりするエピソードが散りばめられることで、本作は愛される内容になっているといえるだろう。つまり作り手の焦点は、あくまで主人公二人の関係性をユーモラスかつ温かく描き、際立たせることにあるのだ。
その意味で本作は、キャラクターを愛するファンによる二次創作のような性質を備えているといってもいいかもしれない。だが、観客が楽しんで支持するのならば、あくまで娯楽映画である本作に対して、その姿勢が間違っていると断定することはできないだろう。そして本作はそれを分かった上で、前作を支持する観客を喜ばせサービスする方向に、本格的に舵をきっているように感じさせるのである。その姿勢には頑迷さすら感じられる。
世界の人々が配信映画をいつでも観られる環境が出来上がり、ヒーロー映画シリーズのブームによって他作品への拡張性が提示されるなど、現在は映画作品一本の存在価値が個人個人のなかで以前よりも軽くなりつつあるように感じられる。作品をつくる側も、その特徴をより際立たせることに労力を割くことに集中し、あらゆる点で完璧さを目指す必要がなくなってきているのかもしれない。そう考えると、本作はマーベル・スタジオの作品よりも、娯楽へのアプローチがより急進的で即物的だ。
この傾向が、映画業界をより良い方向に発展させるのかは疑問だ。マーベル・スタジオ作品や、ワーナーのDCコミックス映画は、まだ映画を映画作品として扱うことにこだわりが見えるし、アニメーション映画『スパイダーマン:スパイダーバース』も、アニメ表現の領域を広げていく重要な一作だったのである。つまり観客を楽しませた上で、社会に意義のある何かを描いたり、後世に影響を与える技術的な何かを遺しているなど、そこには観客を楽しませる以外の“豊かさ”や“レガシー”を備えようという意志があるのだ。
『ヴェノム』シリーズは、他の『スパイダーマン』関連作の企画とともに、早くもさらなる続編にゴーサインが出ていると伝えられているが、ヒット作やキャラクターを使い潰そうとするような印象は否めない。少なくともこの2作目に限っては、内容的な評価が得られずブームを起こせなかった、かつての『アメイジング・スパイダーマン』シリーズのような拙速さを感じるのである。もし現在の方針をさらに追求しても、観客の支持を受け続けるのであれば、それは娯楽映画の受容のかたちが決定的に転換したことを示している可能性がある。本作『ヴェノム:レット・ゼア・ビー・カーネイジ』は、その意味で記憶される一作になるのかもしれない。
■公開情報
『ヴェノム:レット・ゼア・ビー・カーネイジ』
公開中
監督:アンディ・サーキス
脚本:ケリー・マーセル
原案:トム・ハーディ/ケリー・マーセル
出演:トム・ハーディ、ウディ・ハレルソン、ミシェル・ウィリアムズ、ナオミ・ハリス
配給:ソニー・ピクチャーズ
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