『無職転生』なぜ大ヒット? “男”のリアルな人間像と作り込まれた美術設定
アニメ『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』第2クールが10月3日より放送スタートした。
2012年から小説投稿サイト「小説家になろう」で連載が開始して以降、人気を博した本作。2015年4月にWeb上での連載が終了した頃には同作の作品性に寄せたノベル作品が増えたことで、「なろう系ラノベのパイオニア」とも称されている。
本作は、トラックに轢かれて事故死してしまった“34歳の男”が、剣と魔法の異世界で少年・ルーデウスとして転生を決心し、パウロ・グレイラットとゼニス・グレイラットの間に生まれるところから始まる。家族や周囲の人物らと出会ったり、剣と魔法が軸となったファンタジー世界のなかで起こる事件にも巻き込まれながら、34歳としての意識を保ったまま冒険を続けていく。
この作品の大きな特徴としては、ルーデウスという男の人生をしっかりと描き切っていることにある。とある年齢に至るまでの半生を丁寧に描いた本作を通し、彼は多くのトライアンドエラーを繰り返し、愛する者のために戦おうと奮闘していく。様々な人と出会いながら、大切な人物らと死に別れることもあれば、新しい命に心震わせて喜ぶこともある。
それらは34歳の年齢にして亡くなった前世において、“男”がほとんど経験してこなかった出来事ばかりだろう。人生経験の多くを積むことないままで死んでしまった“男”が、ふたたび幼少から人生をやり直して多くのことを学んでいく姿は、いわゆる転生モノのストーリーとしては王道でありつつも、意外なほどのリアリティを感じさせてくれる。フィクション性が非常に高いハイファンタジー系なストーリー設定ながら、酸いも甘いも噛み分けて生きていく人間像をさまざまなキャラクターを通して描いているのだ。
例えば本作では、性に関するものが多く描かれている。こういった話は往々にして下品なギャグとして描かれることが大半だが、本作においてはルーデウス自身の家族に関わる話になっていく。
原作序盤では父であるパウロが妻のゼニスの妊娠中にメイドのリーリャと不貞を働いてしまうのだが、ルーデウスが問題解決に動いたおかげで誰も別れることなく妹2人が生まれることになった。最終的に、原作ノベル終盤ではルーデウスがヒロインと結ばれて息子や娘に恵まれることになる。
もちろんこれは、男性の煩悩を通した罪や失敗を描いていることに他ならないし、前世では男が体験できなかったライフストーリーを歩んでいるということでもある。それに加え、一人の男の人生を大きな世界観として年数をかけて描いていくなかで、ルーデウスを中心にしたグレイラット一族へとストーリーが繋がっていく。
アニメ作品として放送するにあたり倫理観として問題があるのでは? というシーンも少なからずあるが、隠すことなく描いてみせたあたりに、アニメスタッフ陣が「人間の善悪や表裏、その苦悩と喜びについて」という大きなテーマを描こうという気概に満ちているのが伝わってくる。
本作のアニメ版は、アニメーション制作会社・WHITE FOXとアニメプロデュース会社・EGG FIRMによって設立されたスタジオバインドが制作にあたっている。当スタジオは、『無職転生』のアニメ化にあたり「プロジェクトを継続的、長期的、計画的に進めていく体制が必要」として新たに設立されたスタジオである。本作品が持っている重厚な作品性と、スタッフ陣の高いバイタリティをここに感じられるのではないだろうか。
じっくりと数年に渡って制作された本作品は、とても丁寧に描かれたアニメ作品として放送されている。監督・シリーズ構成を務める岡本学も「いわゆる『大河ドラマ的な作品』なので、最初から最後までアニメ化することに意義がある作品だと思いました」と語るように、本作の特徴を理解し、長期的な視点でじっくりと描くことを視野に入れているようだ。