ダニエル・クレイグ版ボンド15年の歴史 一人の男の“愛を巡る旅路”として振り返る

『007 スペクター』で見つけた運命の相手

『007 スペクター』(c)2015 DANJAQ, LLC, METRO-GOLDWYN-MAYER STUDIOS INC. AND COLUMBIA PICTURES INDUSTRIES, INC. ALL RIGHTS RESERVED.

 色々なことを乗り越えたボンドの動きは、復讐へとシフトする。ヴェスパーの死の原因でもあるMr.ホワイト(イェスパー・クリステンセン)、そして彼の背後に潜む秘密組織スペクターに迫るのだ。その過程で、運命のいたずらとでも言うようにヴェスパーを死に追いやった男の娘、マドレーヌ・スワン(レア・セドゥ)の命を守ることになり、彼女を愛してしまう。

 スワンとの恋路も、ヴェスパーのそれと同じ。第一印象は最悪で、しぶしぶ行動をともにする。そして「アメリカン」ことモロッコのホテルの一室にてふたりで過ごすが、ボンドがすぐに手を出すことはない。その後、死闘をともに乗り越えて、熱烈なキス! 運命の出会いのサインとは、お互いの第一印象が最悪であることなのかもしれない。

 クライマックスでは、ボンドが生粋のエージェントであり、そういう生き方しかできないのだと悟ったスワンが一度彼に別れを告げた。しかし、直後に敵に拉致されてしまう。ようやく再び見つけた愛を今度こそ失わないために、ボンドは死に物狂いで彼女を助けた。そしてスペクターの親玉(フランツ・オーベルハウザー)を殺さずに、MI6に引き渡すことで自身のヴェスパーに対する復讐を完了させ、スワンを手放さないためにもエージェントを引退するのだった。

『ノー・タイム・トゥ・ダイ』で守り抜いた、本当の家族

『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』(c)2021 DANJAQ, LLC AND MGM. ALL RIGHTS RESERVED.

 そして最新作『ノー・タイム・トゥ・ダイ』では、冒頭でようやく吹っ切れた元カノに最後のお別れをするために、墓参りをするボンド。スワンと結婚するためにはちゃんと、ヴェスパーとのことも話そう……と思っていた矢先、謎の集団に襲われる。誰にも居場所は知られていなかったはずなので、元カノのトラウマよろしく今度はスワンに裏切られてしまったのかと、冷静な判断ができないまま彼女の言い分も聞かずに一方的に別れてしまった。痛快でド派手なアクションシークエンスから始まる本作だが、別れた後からいきなり場面が5年後に飛んでしまった事の方に度肝を抜かれてしまう。

 ただ、すぐに彼女に連絡がとれなかったという未熟性や、彼女に向けた疑いに表れるトラウマや恐怖心などは、ボンドの人間臭さをさらに強調し、改めて彼が一人の男に過ぎないことを我々に教えてくれる。完璧すぎないからこそ、彼の気持ちに寄り添えるというものだ。そして『ノー・タイム・トゥ・ダイ』はそんなふうに寄り添えてきたからこそ、エモーショナルなラストに目頭が熱くなってしまう。

『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』(c)2021 DANJAQ, LLC AND MGM. ALL RIGHTS RESERVED.

 結論から言えば、ボンドはスワン、そしてスワンとの間に生まれた娘マチルド(リサ=ドラ・ソネット)をはじめとする人類を守るために自己犠牲を図って死ぬ。ミサイルの着弾が迫る中、防壁を開けた後も島から脱出をしようと思えばできたかもしれない。しかし、ヴィランのサフィン(ラミ・マレック)との最終決戦の際に細菌兵器に感染してしまった時点で、彼の運命は定められてしまった。スワンのDNAの入った細菌は、彼女のみならず娘のスワンの命さえも容易く奪う。

 クレイグ版ボンドの物語は、真実の愛を求める彼の旅路だった。そしてようやく手に入れた愛する者……幼少期に孤児となって身寄りのなかった彼にできた本当の家族に、もう2度と触れることができない未来は、彼にとって死と同義である。あれだけ頑張ってきたのに、あんまりだ……そんな絶望感が、共感性の高いボンドだったからこそ観客に伝播した。本当にかわいそう。

『007 スペクター』(c)2015 DANJAQ, LLC, METRO-GOLDWYN-MAYER STUDIOS INC. AND COLUMBIA PICTURES INDUSTRIES, INC. ALL RIGHTS RESERVED.

 こうして『カジノ・ロワイヤル』に始まった一人の男の物語は幕を閉じた。『カジノ・ロワイヤル』は唯一、過去作と同じタイトルの作品。1967年版のそれは、実は正史ではなくパロディ作品であり、2006年版とは似ても似つかぬコメディだ。しかし、67年版に登場する全ての要素がクレイグ版『007』の世界に影を落としている。引退して隠棲するボンド、Mの死、シリーズをまたいで脅威となる敵組織(スメルシュ)とボス(ドクター・ノオ)、そしておそらくシリーズで唯一彼の娘(マタ・ボンド)が登場するという点も……。こうして振り返ると、モノクロームの画の中でクレイグ版ボンドがライセンスを得たときから、彼の運命は決まっていたのかもしれない。すでに新しいボンド役候補者の話題が盛り上がっているが、今はしばし、有終の美を飾った彼のことを心に残しておきたい。

■公開情報
『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』
全国公開中
監督:キャリー・フクナガ
製作:バーバラ・ブロッコリ、マイケル・G・ウィルソン 
脚本:ニール・パーヴィス、ロバート・ウェイド、スコット・バーンズ、キャリー・フクナガ、フィービー・ウォーラー=ブリッジ
出演:ダニエル・クレイグ、レイフ・ファインズ、ナオミ・ハリス、レア・セドゥ、ベン・ウィショー、ジェフリー・ライト、アナ・デ・アルマス、ラッシャーナ・リンチ、ビリー・マグヌッセン、ラミ・マレック
主題歌:ビリー・アイリッシュ「No Time To Die」
配給:東宝東和
(c)2021 DANJAQ, LLC AND MGM. ALL RIGHTS RESERVED.
公式Twitter:https://twitter.com/007
公式Facebook:www.facebook.com/JamesBond007

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