ティモシー・シャラメはなぜ特別? 『DUNE/デューン』でも発揮した他者を輝かせる才能

エリオの幸福なステップ

『君の名前で僕を呼んで』(c)Frenesy, La Cinefacture

 ティモシー・シャラメにとって名実ともに転機となった『君の名前で僕を呼んで』(ルカ・グァダニーノ監督/2017年)で演じたエリオ役では、恋焦がれてしまう相手を自分の分身として見つめていくことの過程が、ティモシー・シャラメの身体に染み込んでいく。冒頭でオリバー(アーミー・ハマー)が屋敷に到着した際、それを窓から見ていたエリオは「侵入者だ!」と冗談めいた言葉を発する。この台詞はとても示唆的だ。なぜならエリオにとって、オリバーこそは私の体に侵入する他者であり、自身の鏡となる存在なのだから。エリオは侵入される。オリバーによるちょっとした体への接触をエリオは気にしてしまう。無造作に脱ぎ捨てられた衣服の温度に惹かれてしまう。自分のリズムを壊してしまう侵入者に、当然のようにエリオは警戒する。しかし、侵入者に対する警戒の初期反応も含めた過程こそが恋であることを、この作品は丁寧に紡いでいく。壊されたリズムにいつしか心地よさを感じていくエリオ。一人で楽譜を書いたり、本を読む時間を大切にしていたエリオのリズムは、他所からやってきた他者のリズムに乱されていく。ピアノを作曲者のイメージ通りに正しく演奏することをオリバーから忠告されたエリオは、一旦まっさらな状態に心を戻すことで、新しい人生のリズムを獲得する。このときエリオは、初めてオリバーという侵入者を心の中に迎え入れたのだろう。エリオとオリバーによる「停戦同盟」の握手は、壊れた彫像の手によって行われる。

『君の名前で僕を呼んで』(c)Frenesy, La Cinefacture

 エリオが恋に落ちていく過程こそ、相手との距離感、間合いを常に意識し、そこから学びを得ていくティモシー・シャラメのまだ短いキャリア、そして演技のあり方への作品を通した自己言及とも受けとれる。やがてエリオは滑るような幸福のステップを踏み始める。「ティモシー・ステップ」ともいえる、あの独特なステップが披露されるのは、この作品が初めてではない。まったく同じステップを、『マイ・ビューティフル・デイズ』で既に踏んでいる。レイチェルを励ますシーンで、ホテルの通路でそれは披露されている。レイチェルとビリーが言葉を介さずに、ひたすらベッドの上で飛び跳ねるシーンは、この作品のハイライトだ。また、『DUNE/デューン 砂の惑星』で、母親に砂漠の歩き方を教えるシーンの第一歩は、あの滑るようなステップをどこか彷彿とさせる。

『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』(c)2021 20th Century Studios. All rights reserved.

 何かの始まりを告げるこの「ティモシー・ステップ」のあり方を、別のやり方として昇華したのが、ウェス・アンダーソンの『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』(2021年、日本公開は2022年予定)だろう。レア・セドゥに捧げられているといって過言ではない第一部に続いて登場するティモシー・シャラメは、ウェス・アンダーソンらしい勢いがそこに加速されることで、映画を瞬発的に駆け抜けていく忘れがたいイメージを残している。審美的な形式主義者のイメージとまったく違い、ウェス・アンダーソンは、カメラの画角がどうであろうが、まずは俳優とのアドリブの実験を何度も繰り返し、そこから「映画の成分」を抽出していくのだという。謎に包まれたウェス・アンダーソンの撮影現場について、多くの俳優がその楽しさを語っているが、このアドリブの実験によって演技の洗練を得ていく過程が、撮影現場での一体感に繋がっているのかもしれない。ティモシー・シャラメは『フレンチ・ディスパッチ』での経験を次のように語っている。

「いつも刺激的。全員が監督の構想のもとに団結し、それを叶えるための献身を惜しまない。ボヘミアンのサーカス集団みたいな雰囲気だね。忘れられないのは、壁に紙をピンで留めて、ジュークボックスの方に歩くシーン。45回、撮り直した。回を重ねると、『まだですか?』と思うんだけど、すぐに納得した。監督は芝居に超高度な洗練を求めていたんだ。その時は、自分には無作為な指示に思えたことが、実は監督にとっては考え抜かれた演出だった」(※5)

『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』(c)2021 20th Century Studios. All rights reserved.

 『フレンチ・ディスパッチ』は、悲しみにいくつもの時代の断層があることを描いている。ゼフィレッリ(ティモシー・シャラメ)に対峙するルシンダ(フランシス・マクドーマンド)の「悲しいのかもしれない」という台詞が、それをよく表している。ティモシー・シャラメは、あのステップこそ披露されないものの、ステップの勢いをそのまま作品に持ち込むことで、本作の持つ「悲しみの起源」に振り子のような幅を与えている。『君の名前で僕を呼んで』において、イタリアの夜の町を駆け抜けるエリオとオリバーのステップが、「喜びの起源」でありながら「悲しみの起源」でもあったように、そのステップは喜びと悲しみを同時に放つ、表裏一体の表現なのだろう。そのことをエリオの父親は、息子に告げている。『君の名前で僕を呼んで』が感動的なのは、エリオの周囲にいる両親、そしてエリオの恋人キアラまでもが、相手の核心に触れるようなことを言わなくてもエリオのことを理解しているところだ。それがこの作品を見つめる者にしっかりと伝わってくる。私たちはこの映画の登場人物たちによる「暗黙の連帯」を抱きしめる。

 ティモシー・シャラメは、エリオというキャラクターへの帰属意識を未だに恋しく思っているのだという。『君の名前で僕を呼んで』の中で、父親がエリオにアドバイスした言葉を思い出す。「人は早く立ち直ろうと自分の心を削ぎ取り、30歳までにすり減ってしまう。新たな相手に与えるものが失われる。だが、何も感じないこと、感情を無視することはあまりにも惜しい」「いまはひたすら悲しく苦しいだろう。痛みを葬るな。感じた喜びも忘れずに」。敬愛する多くの俳優/映画作家からの学びを自身の身体に反射させていくティモシー・シャラメのステップ=躍動は、まさにこの言葉の実践の上に立っている。

参考文献

※1 『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語』プレス資料
※2 WGBH.ORG「Greta Gerwig And Timothée Chalamet Talk About The More Timeless Themes Of 'Little Women'」
https://www.wgbh.org/arts-culture/2019/12/16/greta-gerwig-and-timothee-chalamet-
talk-about-the-more-timeless-themes-of-little-women
※3 SilverKris.com「Interview: Timothée Chalamet on being a young Hollywood
actor」
https://www.silverkris.com/interview-timothee-chalamet/
※4 Interview Magazine
https://www.interviewmagazine.com/film/timothee-chalamet
※5 『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』プレ
ス資料

■公開情報
『DUNE/デューン 砂の惑星』
全国公開中
監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ
脚本:エリック・ロス、ジョン・スペイツ、ドゥニ・ヴィルヌーヴ
原作:『デューン/砂の惑星』フランク・ハーバート著(ハヤカワ文庫刊)
出演:ティモシー・シャラメ、レベッカ・ファーガソン、オスカー・アイザック、ジョシュ・ブローリン、ゼンデイヤ、ジェイソン・モモア、ハビエル・バルデムほか
配給:ワーナー・ブラザース映画
(c)2020 Legendary and Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved
公式サイト:dune-movie.jp

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