『おかえりモネ』清原果耶が成し遂げた役割とは 百音の痛みを繊細に表現
連続テレビ小説『おかえりモネ』(NHK総合)の最終話まで残すところあと5話となった。百音役を演じた清原果耶は、ヒロインの19歳から24歳の5年間という朝ドラにしては決して長くはない、だけれどもとても濃密な時間と変化を繊細に演じのけている。改めて見返してみると回想シーンにおける中学・高校生の頃と24歳の頃とでは顔つきも、世界と自分との距離の取り方までも全く違っているように見える。
百音が地元・気仙沼から離れるところから始まった本作が、彼女が再び気仙沼に戻り根を張り巡らす兆しを見せたところでフィナーレを迎えようとしているのもなんだか感慨深い。
東日本大震災時に地元を離れていたことで“皆と一緒に傷つけなかった”という外からは見えづらくなかなか周囲とも共有しにくい“傷”を一人抱え、家族や友人らとの間に見えない壁が出来てしまう百音。とにかく地元には“いられなくなってしまった”彼女が、登米や東京で様々な人との出会いを通して、その都度合わせ鏡のようにして自身の心を少しずつ恐る恐る覗き、その傷や痛みを昇華させ、今や地元から「わたしはここにいます」と東京にいる菅波(坂口健太郎)に力強く発信するまでになった。最初は自分だけがどこか蚊帳の外で、皆から取り残されているかのようで足取りもおぼつかなかった百音が、自分自身のことも半ば信用できていなかったような彼女が、自分が気仙沼でやろうとしていることに悩みながらも海の男に“しぶとい”と言わしめ、確かに相手の心を動かすまでになった。
同じ地に生まれ育ちながら、たまたまその時その場に居合わせなかった存在を主人公に据えることで、同じように“あの時その場にいなかった”多くの視聴者を“部外者”だと置き去りにせず、百音と菅波、未知(蒔田彩珠)と亮(永瀬廉)の間に横たわるような“わからないけれどわかりたいと思う・理解したいと思う”気持ちを我々の間にも醸成させてくれたように思える。
気仙沼、登米、東京パートと物語が進むにつれて、そして彼女が気象予報士という仕事と出会い、その仕事の可能性と共にどれほどの専門知識を持ってどれだけ正確に来るべき未来を予見したとてその先には“やれるところまでやればあとは祈ることしかできない”領域があることを肌で感じるにつれ、当時の“何もできなかった”という自身の無力さや無念さ、不甲斐なさを受け入れ許し、認めていく過程が描かれる。
清原は、百音の傷や痛みの輪郭がまだぼやけていたところから、徐々に浮き彫りになっていく様を時間をかけてたっぷりと堪能させてくれた。静かながら力強く、そして繊細で細やかな彼女の演技は本当に観る者の心にスーッと自然に染み渡っていく。百音の存在や彼女の選択・決断が、翻って家族や幼なじみの誰かの傷を癒し、誰かの選択を肯定し後押しする。そんな巡り合わせを生む媒介のような役割を果たし得たのは、百音自身の中に被災時にできた空洞があり、常に自身と他者の不確実性に意識的で共振できる余白があったからこそではないだろうか。