『スター・ウォーズ:ビジョンズ』で優れている作品は? 日本アニメの現状と未来への課題

『スター・ウォーズ:ビジョンズ』出来を考察

『タトゥイーン・ラプソディ』

 その意味では、砂漠の惑星タトゥーインを舞台に、ロックミュージシャンたちがジャバ・ザ・ハットの前で命をかけた演奏を披露する、スタジオコロリドの『タトゥイーン・ラプソディ』も、かなり自由に作品世界をアレンジしているといえよう。凶悪なギャングのボスであるジャバまでもかわいらしく描いてしまう作風は、スタジオコロリドならではといえる。

 これら突飛ともいえる自由な試みは、クリエイターたちが自分たちの能力を最大限に活かすために考案されたものだろう。だが同時に、『スター・ウォーズ』の正史にかかわらないストーリーとはいっても、ここまで自分のゾーンに引き込んでしまっていいのかという疑問もある。

『赤霧』

 そんな、アニメーションならではの魅力、そして『スター・ウォーズ』シリーズの魅力を、最もバランス良く配合した作品は、サイエンスSARUのチェ・ウニョン監督による『赤霧』であったように思われる。

 サイエンスSARUの魅力は、海外のスタッフたちの感性をも反映していることで、絵柄を含め、日本のアニメーションだと一見して分からないような作品も製作できるという点だ。このエピソードでは、見事な背景や構図、そして日本アニメのコードに収まらないキャラクターデザインで、『スター・ウォーズ』シリーズの世界観と東洋的な無国籍の世界観が見事に融合したヴィジュアルを実現している。

『赤霧』

 さらに、『スター・ウォーズ』の直接的なインスピレーションとなった、黒澤明監督の『隠し砦の三悪人』(1958年)を設定に引用しつつ、ジェダイにとって切り離せない「ダークサイド」の力を、どのエピソードよりも切迫感を持って表現している。それらの素晴らしい達成から、筆者としては、各エピソードの中で、この『赤霧』がベストだと判断する。この作風で『スター・ウォーズ』のアニメーションシリーズが製作されれば、新たな傑作が生まれる可能性があるのではないか。

 ところで、ここまでの評価から抜け落ちていた重要な観点が一つ残っている。それは、日本のスタジオが作品を製作する“意義”についてである。世界の映画人や映像製作者たちは、自分たちの社会の問題を作品に投影することで、深い内容に到達している場合が少なくない。銀河がファシズムへと移行していく過程を描いた『スター・ウォーズ』新三部作は、ジョージ・ルーカスによる歴史への姿勢と、現代のアメリカにも及んでいる、帝国主義的な思想の危険性を描いた、メッセージ性の強い三部作であったといえる。

 『スター・ウォーズ:ビジョンズ』の各作品に思うのは、そのような社会的、政治的なテーマを、日本の娯楽産業は極力避ける傾向にあるということだ。描いているように見えても、それは自分たちの生活には関係のない、核心に至らない社会描写にとどまることが少なくない。それはクリエイターだけの問題ではなく、日本社会全体が政治の話題をタブー視する傾向があるからだろう。

『のらうさロップと緋桜お蝶』

 その意味では、五十嵐祐貴監督、さやわか脚本による、ジェノスタジオのエピソード『のらうさロップと緋桜お蝶』は、まさに日本の現代社会を思わせる経済の凋落した惑星が、どのように生き残っていくか、そしてそこで差別される、力を持たないマイノリティがどのように生き抜いていくかという切実なテーマを扱っていた。だからこそ、この作品では、日本の裏社会の文化による継承の儀式や、主人公の戦いに熱い血がこもっているように感じられるのである。

 サムライ、ニンジャ、ヤクザ、ゲイシャなど、海外の観客、視聴者が喜ぶ、日本のクールな特殊性を、日本の側から供給することには、当然意義があるだろう。しかし、そのようなポジティブな面を強調するのであれば、それらの文化の裏にある問題点や、社会のネガティブな部分をも含めて描くことが、作品の深みを形成することに繋がるのではないか。日本の作品でいえば、むしろ昭和の時代の方が、自国の負の面を描く姿勢が強かったように思える。

 世界を相手に作品を発表することは、作品を形成する要素の一つである“社会観”についても、世界のレベルで考えなければならないはずだ。実際、それが十分にできている韓国の実写作品『パラサイト 半地下の家族』(2019年)や、『イカゲーム』は、アメリカで大きく評価され、世界でもブームとなった。社会性が希薄になりつつある日本のアニメーションが、このような描写をうまく扱うことができれば、大きな成功を生む強い武器となるはずである。

■配信情報
『スター・ウォーズ:ビジョンズ』
ディズニープラスにて独占配信中

『The Duel』
日本語キャスト:てらそままさき(ローニン)、渡辺明乃(野盗のボス)、三瓶由布子(少年村長)
英語吹き替えキャスト:ブライアン・ティー(ローニン)、ルーシー・リュー(野盗のボス)、ジェイデン・ウォルドマン(少年村長)

『THE TWINS』
日本語キャスト:榎木淳弥(カレ)、白石涼子(アム)、川島得愛(B-20N )
英語吹き替えキャスト:ニール・パトリック・ハリス(カレ)、アリソン・ブリー(アム)、ジョナサン・リポフ(B-20N )

『T0-B1』
日本語キャスト:野沢雅子(T0-B1(ティーオービーワン))、磯部勉 (ミタカ博士)
英語吹き替えキャスト:ジェイデン・ウォルドマン(T0-B1(ティーオービーワン))、カイル・チャンドラー(ミタカ博士)

『赤霧』
日本語キャスト:宮崎遊(ツバキ) 、Lynn(ミサ)、チョー(センシュウ)、高木渉(カマハチ)、野沢由香里(マサゴ)
英語吹き替えキャスト:ヘンリー・ゴールディング(ツバキ)、ジェイミー・チャン(ミサ)、ジョージ・タケイ(センシュウ)、キーオン・ヤング(カマハチ)、ロレイン・トゥーサント(マサゴ)

『のらうさロップと緋桜お蝶』
日本語キャスト:小林星蘭(ロップ) 、清水理沙(お蝶)、藤村忠寿(弥三郎)、中野泰佑(帝国将校)
英語吹き替えキャスト:アンナ・カスカート(ロップ) 、ロミ・デイムス(お蝶)、ポール・ナカウチ(弥三郎)、カイル・マカフリー(帝国将校)

『タトゥイーン・ラプソディ』
日本語キャスト:吉野裕行(ジェイ) 、後藤光祐(ギーザー)、金田明夫(ボバ・フェット)、藤田昌代(K-344)、勝杏里(ラン)
英語吹き替えキャスト:ジョセフ・ゴードン=レヴィット(ジェイ) 、ボビー・モイニハン(ギーザー)、テムエラ・モリソン(ボバ・フェット)、シェルビー・ヤング(K-344)、マーク・トンプソン(ラン)

『The Elder』
日本語キャスト:土師孝也 (タジン) 、中村悠一(ダン)、緒方賢一(老人)
英語吹き替えキャスト:デヴィッド・ハーバー(タジン) 、ジョーダン・フィッシャー(ダン)、ジェームズ・ホン(老人)

『村の花嫁』
日本語キャスト:瀬戸麻沙美 (エフ) 、潘めぐみ(ハル)、内田雄馬 (アス)、上川隆也(ヴァン ) 、下山吉光(イズマ )、伊瀬茉莉也(サク)
英語吹き替えキャスト:福原かれん(エフ) 、ニコール・サクラ(ハル)、クリストファー・シーン (アス)、アンドリュー・キシノ(イズマ )、ステファニー・シェー(サク)、ケイリー=ヒロユキ・タガワ(Valco)

『九人目のジェダイ』
日本語キャスト:赤崎千夏(カーラ)、金尾哲夫(ジューロ)、三木眞一郎(ジーマ)、峯田大夢(イーサン)、中井和哉(ローデン)、大塚明夫(ナレーション)、平川大輔(ヘン・ジン)
英語吹き替えキャスト:キミコ・グレン(カーラ)、アンドリュー・キシノ(ジューロ)、シム・リウ(ジーマ)、マシ・オカ(イーサン)、グレッグ・チャン(ローデン)、ニール・キャプラン(ナレーション)、マイケル・シンターニクラス(ヘン・ジン)

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