田中哲司、松田龍平、笹本玲奈、石橋静河が悲喜劇を展開 現世と重なる『近松心中物語』
長塚が演出を手がける作品にたびたび出演してきた田中は、やはり「さすが」の一言に尽きる。愛する者のためならばいかなる危険もいとわない男の激情をシリアスに演じ、それを受ける笹本ともに、観客のまばたきさえ許さぬような緊張感を生み出している。この時代において「恋は盲目」な状態に陥ってしまった2人の切実さが劇場空間には満ちていた。
一方の松田&石橋コンビはというと、彼らが生み出すものは田中&笹本とは大違い。松田は甲斐性なしのダメ夫を肩の力を抜いて演じ、その一挙一動がいちいち笑いを誘う。どこに向けて発しているのか分からない気の抜けた声や、ふわふわとした佇まいは、まさに“心ここにあらず”といった印象。観ていて「や、やる気あるのかな?」とつい思ってしまったほどだ。しかしこれも、演技・演出プランの一つなのだろう。幼なじみの関係を演じる田中との掛け合いは生き生きとして見えるのだ。対する石橋は、情熱的な女性の心情を大胆かつ丁寧に演じてみせている。与兵衛に向けるお亀の愛情と喜怒哀楽の起伏の激しさを、声色も表情もくるくると変えて示し、観客を魅了している。忠兵衛と梅川のやりとりは胸が張り裂けそうなほど深刻なものだが、与兵衛とお亀のやりとりは終始オフビートな展開。『大豆田とわ子と三人の元夫』(カンテレ・フジテレビ系)での共演も記憶に新しい松田&石橋コンビだが、同作での2人の関係性に少しばかり近いかもしれない。その熱量をはじめ、どこか噛み合っていないのだ。当然、そのアプローチは違うものなので、あの作品からの組み合わせの妙の発展形がここに見られるわけである。もちろん本作は、彼ら4人を囲む者たちの存在があってこそのもの。子役からベテランまで、1人でいくつもの役をこなす俳優たちの好演が作品世界を支えている。
本作には「心中」のシーンが描かれるが、“死に様”を描くということは、その者たちがどのように生きたのかという“生き様”を描くものでもあると思う。「“選択肢”を奪われてしまった人間に残されているものは、いつの時代もごくわずかに限られているのかもしれない」と先述したが、その限られたもののなかに一条の光が見えることもある。現代を生きる私たちへと向けられたラストシーンは、そう強く訴えているように感じた。
■公演情報
KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『近松心中物語』
作:秋元松代
演出:長塚圭史
音楽:スチャダラパー
出演:田中哲司、松田龍平、笹本玲奈、石橋静河、綾田俊樹、石橋亜希子、山口雅義、清水葉月、章平、青山美郷、辻本耕志、益山寛司、延増静美、松田洋治、蔵下穂波、藤戸野絵、福長里恩、藤野蒼生 (Wキャスト)朝海ひかる、石倉三郎
美術:石原敬、照明:齋藤茂男、音響:武田安記、衣裳:宮本宣子、ヘアメイク:赤松絵利、
振付:平原慎太郎、所作指導:花柳寿楽、音楽アドバイザー:友吉鶴心、演出助手:大澤遊、
舞台監督:横澤紅太郎
神奈川公演・KAAT 神奈川芸術劇場 <ホール>
9月4日(土)〜20日(月・祝)
北九州公演・北九州芸術劇場 中劇場
9月25日(土)・26 日(日)
豊橋公演・穂の国とよはし芸術劇場PLAT 主ホール
10月1日(金)・2日(土)・3日(日)
兵庫公演・兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
10月8日・9日・10日(日)
枚方公演・枚方市総合文化芸術センター 関西医大 大ホール
10月13日
松本公演・まつもと市民芸術館 主ホール
10月16日(土)