70年代を中心としたサスペンス映画が現代に蘇る 『ベケット』が映し出す映画史の“記憶”

『ベケット』が映し出す映画史の“記憶”

 また、主人公が多くの人々の親切心や、市民による政治団体の助けを得て逃亡が続けられるという部分も興味深い。それは、経済危機を経て貧困のなかにあるギリシャにおいて、社会を少しでもより良いものにしたいと考える人々の、体制に対する不信感や、市民同士の助け合いの姿勢の表れのように感じられる。馴染みのない地で理不尽な目に遭い続ける主人公は、同時に人々の優しさによって命を救われ、社会が変革する光景を垣間見るのだ。そして、主人公のこれまでの苦悩と最終的な決断が、一つの活劇に昇華されるクライマックスは、見事というほかない。

 それはまた、イタリアの巨匠たちが加わった、社会の困窮した現実や民衆の怒りを映し出す芸術運動「ネオレアリズモ」にも近いものがある。本作は、その意味において現在の状況とクラシカルな映画が描いた状況を繋げる役割を果たすこととなったといえよう。

(c)NETFLIX

 本作の試みは、作家性の尊重や、繰り返される歴史を踏まえた、内容的な奥深さを生み出し、現代の観客に様々な気づきを与えるものだ。本作『ベケット』に何か引っかかりや、不思議な魅力を覚えた観客は、ここで挙げた旧作や、70年代とそれ以前の映画を探してみてほしい。そして、イタリアの黄金期の映画群に馴染みがなければ、ぜひ本作とともに、その貴重な鑑賞体験によって、人生に通じる複雑な味わいをも楽しんでみてほしい。

■配信情報
『ベケット』
Netflixにて配信中
監督:フェルディナンド・シト・フィロマリーノ
出演:ジョン・デヴィッド・ワシントン、アリシア・ヴィキャンデル
(c)Yannis Drakoulidis/NETFLIX

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