闘争の街から生まれたストリートダンスの軌跡 世界を広げたリル・バックの革命を辿る

ジューキンの可能性を世界に押し広げたリル・バックの革命

 本作の主人公であるリル・バックことチャールズ・ライリーは、ジューキンの誕生から間も無い1988年のシカゴ生まれ。貧しい少年時代を送っていた彼は8歳のときにメンフィスに移住、姉の影響がきっかけでジューキンにのめり込み、若くしてメンフィスの地で名を上げていった。

 彼が周りと比べても圧倒的だったのは、ダンスへの飽くなき探究心。朝から晩までジューキンの練習に明け暮れ、スニーカーを1週間で履き潰し、何度血だらけになって爪が剥がれてもやめなかった。その執念はさらに加熱し、リル・バックは奨学金を得てメンフィスのバレエ・カンパニーのレッスン生となる。自身の成長のためにジャンルの枠を取っ払って、新しいスキルを身につけようとしたのだ。

 芸術監督の提案で、リル・バックはサン=サーンスの「白鳥」に合わせて自身のダンスを披露することに。そこで彼はジューキンの技術とバレエで培ったクリエイティビティを掛け合わせた新しいパフォーマンスを実現。ジューキンはメンフィス・ラップに対するだけのもの、という固定観念を大きく覆し、ダンスアートとしての可能性を革命的に押し広げたのだ。

 その噂は世界的チェロ奏者であるヨーヨー・マの元にまで届き、チャリティー・パーティーで共演が実現。そこへ偶然居合わせた映画監督スパイク・ジョーンズが動画におさめて投稿し、リル・バックの名前は世界中に知れ渡っていく……。

2011年、ヨーヨー・マとチャリティー・パーティーでの初共演

 まるで漫画のような偶然の重なり方は現実離れしているが、すべての出来事を招いたのはリル・バック自身のタフな精神力と、そして純粋で枯れることのないダンス愛の結晶。

 各国のセレブに囲まれた劇場、世界的アーティストの隣、土曜の夜のクリスタル・パレス、メンフィスの名もなきストリート……舞台が一体どこであろうと、彼のダンスの方法に変わりはない。日々の暮らしや感情、怒りに愛情、人生のすべてを込める、ジューキン・スタイルだ。

 本作では文章では説明しきれない彼のダンスの素晴らしさと、その情熱が動かしてきた運命の過程がリアリティーを持って描かれる。周りの人物からの信頼ある言葉や、時折見せる屈託のない少年のような笑顔を見れば、彼のまっすぐな人柄の虜になるはずだ。

 視覚で、聴覚で、そしてあらゆる常識を取り払った感覚で、彼とジューキン、そしてメンフィスの空気を存分に味わってほしい。「ストリートから世界へ」というキャッチコピーは、誇張なんかじゃないリル・バックの人生そのものなのだ。

■公開情報
『リル・バック ストリートから世界へ』
8月20日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開
監督:ルイ・ウォレカン
配給:ムヴィオラ
2019年/フランス・アメリカ/ドキュメンタリー/85分/DCP/カラー/原題:LIL BUCK REAL SWAN
(c)2020-LECHINSKI-MACHINE MOLLE-CRATEN “JAI” ARMMER JR-CHARLES RILEY
公式サイト:http://moviola.jp/LILBUCK/

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