変化したピクサー社の現状にもリンク? 『モンスターズ・ワーク』の新しい価値観
また、性的暴行やセクハラを日常的に行ってきたとされる大物映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインの告発をきっかけに、映画業界の大物たちのスキャンダルが次々と発覚するという流れも継続中である。その中には、じつはピクサーとディズニーの製作を統括していたジョン・ラセターのセクハラによる辞任も含まれていた。長年ピクサー・アニメーション・スタジオに君臨していたラセターが去るという事態は、『モンスターズ・インク』の展開にリンクしている部分がある。
ラセターは、いま世界の超大作アニメーションの主流となっている3DCG作品の礎であり、ピクサー作品やディズニー映画などに魂を吹き込んできた功労者であり、現代で最もウォルト・ディズニーに近い存在だったといえる。ひと昔前であれば、彼のセクハラは、そのとてつもないキャリアの重みによって看過されていただろう。しかし、世の中の流れは、創作の価値やビジネスよりも、人権を重視するようになってきている。素晴らしいメッセージを発信する作品だからこそ、それを作る過程で、誰かが犠牲になっていてはならないはずだ。それは、社会の在り方として至極当然だといえよう。
スタジオにとって最も大きな存在がいなくなったこと、世の中の考え方が変化してきたことで作品の在り方が大きく変化したピクサー・アニメーション・スタジオの現状は、まさに『モンスターズ・ワーク』の世界そのものであるといえる。これからは新しい世代が、手探りで妥当な道を選んでいかねばならないのだ。
本作で“怖がらせ屋”から“笑わせ屋”に転向し、価値の転倒に奮闘するタイラーは、大学時代、怖がらせのエリートとして、学生の羨望の的だった。だが、いまはただ、がむしゃらに新たな道を模索する一体のモンスターに過ぎず、学生時代に目立たないモンスターだったという同僚の女性ヴァルと肩を並べ、チームとして仕事をしている。タイラーは、そんな彼女と同じ目線に立つことで、相手の心を思いやることや、個性や魅力に気づいていくことになる。それは、じつは後退でなく、進歩なのではないだろうか。
日本でも、2021年開催の東京オリンピックをきっかけに、人権意識や差別にまつわる問題が、より大きく取り沙汰されることになった。それは、日本の社会でこれまで看過されてきた常識が、もはや国際社会の基準では通用しなくなってきていることを意味している。そこに欠けていたのは、『モンスターズ・ワーク』で描かれている、人の心を思いやる気持ちや、新しい価値観をとり入れる勇気だったのではないだろうか。本シリーズは、新時代へと進むモンスターたちの姿を描くことで、日々変わろうと努力する現実の人々を鼓舞するものとなるはずである。
■配信情報
アニメーションシリーズ『モンスターズ・ワーク』
ディズニープラスにて毎週金曜独占配信中
(c)2021 Disney