『100日間生きたワニ』はアニメ映画として“失敗”なのか? 賛否分かれる“間”の使い方

『100ワニ』賛否分かれる“間”の使い方

 『100日間生きたワニ』が様々な意味で話題を呼んでいる。Twitterで連載された原作は空前の人気となったものの、プロモーションが失敗してしまい大きな反発を生んでしまった。その結果、映画の評価も公開前から悪意を持った意見が多くなってしまった印象もある。今回は当たり前ながら作品を鑑賞した上で、本作をアニメ作品として冷静に評価していきたい。

 本作の監督を務めた上田慎一郎はインタビューやTwitterなどで「実写邦画みたいなアニメ表現を目指した」と語っている。その中でも“間”を意識したようだが、この実写邦画のような、というのが現実に基づいたリアリティのあるアニメ表現という意味であれば、それは高畑勲をはじめとした多くのアニメーター・演出家が目指した境地であり、とても難しい表現が求められる。

 アニメ界の巨匠、押井守は2008年公開の『スカイ・クロラ』の制作において「物語が進展しない、時間が停滞していることが前半のテーマ」と、絵コンテ集のインタビューで答えている。これも現実に即した時間を表現したかったと解釈できるだろう。その時間を表現するために、あえてキャラクターはあまり動かさずに、背景の雲をCGにして絶えず動かしていたり、小物のディティールや、ワイングラスに映り込む顔などにこだわりを持って演出した。

 また実在感という意味では、2018年に公開された京都アニメーション制作の山田尚子監督作『リズと青い鳥』を思い浮かべる人も多いだろう。人物表現を丁寧に作画し、歩く時の体や髪型の揺れ方のほか、手で壁を触るなどの癖を写実的に描いている。時には顔を見せずに、足だけを見せる映像によって、観客にその時の登場人物の感情を想像させるような演出も施されており、実写邦画を見ているような感覚があった。

 他にも『人狼』や、近年であれば『スーパーカブ』のように実写邦画的、あるいは現実に即した写実的なリアリティのあるアニメ表現に挑んだ作品は多く存在する。そのどれもが練り込まれたレイアウトやキャラクターの演技などによって、より実在感が増すように描かれている。

 話を『100日間生きたワニ』に戻すと、キャラクターの演技や小物、背景の作り込みはそこまで凝っているとは感じられなかった。会話シーンにおいても、キャラクターが後ろを向いていて顔を見せなかったり、あるいは2人での会話の場合、もう一方の登場人物が画面に登場しておらず、声だけが流れるなどのシーンも多く見受けられる。

 これはテレビアニメなどでは多く見受けられる手法であり、そのこと事態が悪いわけではない。膨れ上がる作画枚数を抑え、有限である予算やアニメーターの労力などを抑えるためにも、一般的な手法である。日本のアニメ表現はそういった省略を用いたリミテッドアニメーションと共に発達してきた歴史があり、それ自体は立派な演出手法だ。

 しかし、この手法を多用してしまうと、現代の一般的なアニメファンからは作画の物足りなさが残りやすい結果となってしまう。ましてや、本作は原作を意識したシンプルな絵柄であり、近年話題になるアニメ映画ほど画面が多層的に作られていない。シンプルな作品はそれはそれで感情表現などが難しくなるのだが、観客からするとその難しさが伝わりにくく、あたかも手抜きのように受け取られがちだ。



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