『バケモノの子』表裏一体の舞台とキャラクター 熊徹から九太へ受け継がれる“胸の中の剣”

『バケモノの子』受け継がれる“胸の中の剣”

自分は孤独ではないという「胸の中の剣」

 九太と熊徹は、もちろん師弟関係だけではなく、育ての親と子でもあり、この点が物語全体の大きなキーとなる。本作のタイトルは『バケモノの子』であると同時に、エンドロール前にも映し出されるように、英題は『The Boy and The Beast』。つまりは少年とバケモノ、二人の物語だ。二人は似たもの同士で、以前は互いに孤独だった。母の死去で居場所がなくなり家を飛び出した九太と、次の宗師になるために弟子を探していた熊徹。彼は出会ったばかりの九太に「おめえはどの道、一人で生きてくしかねぇんだ」と言う。しかし熊徹もまた、多々良や百秋坊は居るものの、師匠も親もなく一人で育った。まだ九太が来て日が浅い頃は特に、多々良と百秋坊との関係性は一方的で、熊徹を気にした二人が様子を見に来ている様子に近い。冒頭の広場での猪王山との戦いでも、熊徹に声を上げるのは九太だけだ。九太と熊徹との出会いは、孤独な者同士の絆の始まりでもある。

 孤独だった二人が互いに本音をぶつけ合える相手を見つけ、「もっとちゃんと教えろ」と言いながら切磋琢磨したり、ドタバタと家の中を追いかけっこしたりして、かけがえのない時間を過ごした。『バケモノの子 オフィシャルガイド』内でも、熊徹役・役所広司は、熊徹にとっての九太について、「出会って、楽しくてしょうがなかったんじゃないかと思います」と語っている。また、同ガイド内で幼少期の九太役・宮崎あおいは、熊徹との口論のシーンについて、「ちょっとオーバーなセリフ回しでやり合えて、ワクワクしてしまいました」とアフレコを振り返っていた。スタッフの信念はもちろん、演じたキャストのそうした想いや感情もあったからこそ、口論のシーンでもどこか微笑ましい温かさが、本作には流れている。

 そんな時を経て、最初は次の宗師として自分こそが相応しいということばかり証明しようと躍起になっていた熊徹は、自分以外のために、九太のために必死になるほどの人格的成長を見せる。物語の終盤、ボロボロの熊徹が「あいつの胸ん中の足りねぇもんを、俺が埋めてやるんだ」と語る姿に、彼の成長が現れている。

 熊徹の「九十九神に転生する」という選択肢もまた、九太への信頼の証だ。九太に戦わせず、自分だけで戦う神に転生することもできたはず。つまり、熊徹が自分以外の者に「託す」ということ、さらに言えば、九太と共に戦う道を選んだということだ。以前のたった一人で自分の力だけを信じて生きてきた熊徹には考えられない行動。だからこそ、そんな熊徹の姿に、一郎彦の闇まで取り込んで一人で死のうとしていた九太はハッとする。そこには、「全てを自分一人で背負い込まなくていい。自分にはこれまで本音でぶつかり合ってきた信頼できる人たちがいて、そうした人たちとの触れ合いの中で『自分』の存在は形作られている」という作品のメッセージが感じられる。そのメッセージ、そして繋がりこそが、広場で猪王山に負けた頃の熊徹が本当の意味では持っていなかった、九太との日々の中で彼が得た「胸の中の剣」だ。そしてその「胸の中の剣」が、彼を間近で見てきた弟子であり師匠、そして息子の九太にも受け継がれていく。

作品から作品へ、そして観客へと繋がる「胸の中の剣」

 この「胸の中の剣」は、細田守監督の作品から作品へ受け継がれてきたものでもある。今やTV放送の度に話題になり、多くのファンからも根強い支持を受ける『時をかける少女』(2006年)が、当初はたった6館での小規模公開から始まったことはあまりにも有名だが、細田監督はそこからの繋がりについて、本作のパンフレットで語っている。本作を豪華なスタッフや憧れのキャストで作ることができたという細田監督は、「『時をかける少女』を新宿の片隅で上映していたころからの、おつきあい、連続性が、今に繋がっていると思うので、すごくありがたいな、幸運だな、と思います」とコメント。また、先述の『T.』34号インタビュー内では、作品についての観客の反応が、次の作品に大きく影響すると語っていた細田監督。そこから、そのまま意見を鵜呑みにするということではなく、「自分もお客さんと一緒にアニメーションの可能性を試したい」と言い、常に自分自身で挑戦を続けながら、観客と共に映画作りをする細田監督の信念が感じられる。

 そしてその信念、「胸の中の剣」は、もちろん細田監督の作品を観たファンにも受け継がれ、その反応を活かした作品と双方向に繋がっていく。九太と同じく、熊徹の想いに胸の奥が熱くなった人は少なくないはずだ。それは作品の感想を語り合うことでも、誰かと一緒に観ることでも胸に宿り、また他の人へと受け継がれていく。作品から作品へ、作品から人へ、人から人へと「胸の中の剣」の熱さは伝播する。これまでに何度も観たというファンの方もぜひ、「金曜ロードショー」での放送を機に『バケモノの子』や細田監督作を観直し、7月16日に公開が迫った最新作『竜とそばかすの姫』に繋げてみては?

※宮崎あおいの「崎」は「たつさき」が正式表記。

■桜見諒一
パブリシスト/国内外の実写・アニメーション映画を中心に幅広い作品の宣伝業務を行う傍ら、2021年よりライター活動を開始/Twitter

■放送情報
『バケモノの子』
日本テレビ系にて、7月9日(金)21:00〜23:19放送
※放送枠25分拡大、本編ノーカット
監督・脚本・原作:細田守
音楽:高木正勝
企画・制作:スタジオ地図
声の出演:役所広司、宮崎あおい、染谷将太、広瀬すず、リリー・フランキー、大泉洋、津川雅彦
(c)2015 THE BOY AND THE BEAST FILM PARTNERS

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