『まめ夫』は“生き方”そのものを問うドラマだ 坂元裕二が描く、時の流れに翻弄される人々

 振り返れば、そのテーマは、初回の放送から明らかにされていた。49日を過ぎたばかりの亡き母親と、少女時代のとわ子の回想シーン。とわ子に父親と離婚した理由を問われた母は、「お母さんって、大丈夫すぎるんだろうね。ひとりでも大丈夫な人は、大事にされないものなんだよ」と応えながら問いかけるのだった。「とわ子はどっちかな? ひとりでも大丈夫になりたい? 誰かに大事にされたい?」と。それに対して、若き日のとわ子は、無邪気にこう応えるのだった。「ひとりでも大丈夫だけど、誰かに大事にされたい!」と。そう、このドラマは、仕事を持ちながら日々働き続けるひとりの女性の「生き方」をめぐるドラマであり……否、それも少し違うのだろう。坂元裕二の脚本は、さらに踏み込んだところまで、そのテーマを掘り下げていくのだから。そもそも、とわ子の周囲にいる三人の男たちは、なぜ「元夫」でなくてはならないのか。劇中のとわ子の台詞にもあったけれど、それは彼らがとわ子にとっては「過去」だからだ。あるときから、突然「現在」にも姿を現すようになった「過去」。そう、このドラマは、「過去・現在・未来」という時間の「在り方」そのものまでを、徐々に射程していくのだった。

 「事件」は予想もつかないところからやってきた。とわ子の「過去」をいちばん知る幼なじみの親友であり、よき相談相手でもあるかごめ(市川実日子)の突然の退場だ。それと前後するように明らかとなる、最初の夫・八作の「想い人」の存在。かくして1年後へと話が進んだ第7回からの第2章。一見、変わらぬ日々を送っているとわ子だけれど、かごめの不在は、依然としてとわ子の心の中に、ポッカリと大きな穴を空けている。三人の元夫たちとは異なり、もう二度と「現在」に現れることのない「過去」。そこに現れたのが、小鳥遊なのだった。

 彼が登場した第7回は、今振り返ってもかなりクリティカルな回だった。柔らかな小鳥遊の物腰に誘われるようにして、いまだ消えることのないかごめへの思いを吐露するとわ子。しかし、小鳥遊は言うのだった。「人間には、やり残したことなんてないと思います」と。そして、「過去・現在・未来とは、誰かが勝手に決めたこと」であり「時間は過ぎゆくものではない」「人間は現在だけを生きているんじゃない」とも。「生きている人は、幸せを目指さなければならない」という小鳥遊の言葉を受けて、いつの間にかとわ子の瞳からは涙が零れ落ちていた。

 けれども、続く第8回で明かされた小鳥遊の「過去」も、かなり衝撃的なものだった。ひとり親の介護のため、17歳から31歳までの15年間、「人生がなかった」と語る小鳥遊。そんな彼は、とわ子と「未来」を歩みたいのだと告白する。さらに続く第9回で、とわ子は、八作とともに、そうであったかもしれないふたりの「未来」――すなわち今とは違う別の「現在」を、かなり長い尺を使って想像する。まるで、映画『ラ・ラ・ランド』のエンディングのように。果たして、それが意味するものとは何なのか。否、それが意味するものはわかっているけれど、その中でとわ子は、果たして何を「決断」したのだろうか。「過去」と「未来」の狭間で揺れ動き続ける、とわ子の「現在」。

 思えば、エンディングに流れる本作の主題歌が「Presence」(=現在)と名付けられているのも、まったくもって偶然ではないのだろう。そこで改めて気になるのは、「とわ子」という主人公の名前である。「とわ子のとわは永遠のとわ?」と、すでに「Presence II」の中でBIMが綴っているように、ひらがな表記となっているものの、「とわ子」の「とわ」は、どうしたって「永遠(えいえん)」を想起させるのだ。ちなみに「永遠」とは、哲学の世界において、物事の変化を認識するための概念である「時間」に対して、変化しないものの概念であり、過去・現在・未来を通じて存在することを意味するのだという。

 それにしても、予告編で明らかにされた、とわ子の「最後の決断」とは何なのだろう? そこには、いかなる「結末」が描き出されるのだろうか。そう、小鳥遊は「人生には幸せな結末も悲しい結末もやり残しこともない。あるのは、その人がどういう人だったかっていうことだけです」と言っていたけれど、ドラマの世界には終わりがあり、ひとつの「結末」があるのだ。その「未来」が「現在」となり、やがて「過去」になることを心待ちにしつつ、エンディングでは流れないけれど、主題歌「Presence」の最後のヴァースは、こんなふうに締め括られていることを、本稿の最後に記しておきたい。〈見えないけど覚えている/言えないけど伝えている/波が満ちて潮が引く/楽しい悲しい/その先へ〉。そう、願わくば、私たちも「その先へ」。最終回は、通常とは異なり、夜9時30分からの放送なので、それも忘れないように。

■麦倉正樹
ライター/インタビュアー/編集者。「リアルサウンド」「smart」「サイゾー」「AERA」「CINRA.NET」ほかで、映画、音楽、その他に関するインタビュー/コラム/対談記事を執筆。Twtter

■放送情報
『大豆田とわ子と三人の元夫』
カンテレ・フジテレビ系にて、毎週火曜21:00〜放送
出演:松たか子、岡田将生、角田晃広(東京03)、松田龍平、市川実日子、高橋メアリージュン、弓削智久、平埜生成、穂志もえか、楽駆、豊嶋花、石橋静河、石橋菜津美、瀧内公美、近藤芳正、岩松了ほか
脚本:坂元裕二
演出:中江和仁、池田千尋、瀧悠輔
プロデュース:佐野亜裕美
音楽:坂東祐大
制作協力:カズモ
制作著作:カンテレ
(c)カンテレ
公式サイト:https://www.ktv.jp/mameo/
公式Twitter:@omamedatowako

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