『おちょやん』の“喜劇”に救われた半年間 秦基博「泣き笑いのエピソード」が改めて沁みる

 幼くして母親の温もりを失い、父親からの愛情にも飢えていた千代と一平。袂を分かってしまったが、傷ついた2人だからこそ、心の奥底にある苦しみを誰とも分かち合えないもどかしさを知っている。けれど芝居は演じている側も、見ている側も“物語”を共有する。たくさんの人が同じ空間で一つのステージに目を向け、同じ物語に身を投じる。ある者は日常から解放されるように笑い、ある者は登場人物と自分の境遇を重ねて泣き、またある者は何気ない台詞に救われるだろう。その場にいる全員が違う感想を持ったとしても、物語の本質的なテーマと感動を分かち合える時間。千代と一平はそれを、どこにでもいるような人たちに届けるために芝居を続けてきた。

 『マットン婆さん』を通して、千代はシズ(篠原涼子)からみつえ(東野絢香)に対する母親の“無償の愛”を知り、大人になった弟・ヨシヲ(倉悠貴)と再会したことで『若旦那のハイキング』で心中を試みる男女の「この人のためなら死ねる」という気持ちを理解できた。戦後、瓦礫が残る中で上演した二度目の『マットン婆さん』で千代は最愛の夫を亡くしたみつえの笑顔を取り戻し、『お家はんと直どん』で別れた一平への愛情を自覚させられることになる。

 2020年から未曾有の事態が世界を襲い、当たり前の日常は失われた。多くのことが不要不急とされ、芝居もその一つだった。しかし、私たちは“物語”を必要とする。むしろこんな時だからこそ、苦しみからひと時解放してくれる物語を求める声は日に日に大きくなっている。その証拠に、月曜から金曜の毎日15分間、『おちょやん』はテレビの前にいる人たちを釘づけにしてきた。様々な人の、色んな想いを乗せた喜劇。それに魅せられた人々の人生を映し出した『おちょやん』という喜劇に、私たちもまた救われてきたのだ。

 そして、その物語がもうすぐ幕を閉じようとしている。千代のひたむきさに勇気をもらい、テルヲや一平のだらしなさに時々怒り、家族の代わりに千代を守ってくれた親友のみつえや寛治(前田旺志郎)の存在に救われた。笑って、泣いて、最後には心温まる喜劇『おちょやん』の物語を最後まで共有しよう。

■苫とり子
フリーライター/1995年、岡山県出身。中学・高校と芸能事務所で演劇・歌のレッスンを受けていた。現在はエンタメ全般のコラムやイベントのレポートやインタビュー記事を執筆している。

■放送情報
NHK連続テレビ小説『おちょやん』
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45
※土曜は1週間を振り返り
出演:杉咲花、成田凌、篠原涼子、トータス松本、井川遥、中村鴈治郎、名倉潤、板尾創路、 星田英利、いしのようこ、宮田圭子、西川忠志、東野絢香、若葉竜也、西村和彦、映美くらら、渋谷天外、若村麻由美ほか
語り:桂吉弥
脚本:八津弘幸
制作統括:櫻井壮一、熊野律時
音楽:サキタハヂメ
演出:椰川善郎、盆子原誠ほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/ochoyan/

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