『おちょやん』は“あちこちの千代”に向けた人間讃歌 傷ついた人々に寄り添う“母性”

『おちょやん』傷ついた人に寄り添う“母性”

 そもそも、『おちょやん』という物語自体が、大きな“母性”を体現しているようにも思える。このドラマの作り手は、乞食や極道など「裏の世界」をも臆せず描き、当時の市井の人々の姿をできる限りありのままに描いてきた。この物語は弱者やマイノリティを絶対に嗤わない。

 娘への搾取を繰り返す毒父のテルヲ(トータス松本)や、浮気の挙句、千代を捨てて他所に家庭を作る一平など、千代を取り巻く重要人物がことごとく“ダメ人間”だ。しかし、誰ひとりとして裁かれずに、『おちょやん』という物語の中で「あるがまま」に生きている。

 脚本家の長澤(生瀬勝久)は、終戦から6年経ってもなお家族と行き別れ、傷ついている人々が、少しでも前を向くことができるようにと祈りを込めて、1時間特番は次女・乙子(辻凪子)の夫・為雄(三好大貴)が抑留地から帰還する話に仕上げた。千代や、他の演者たちのバックボーンも丸ごと背負って台本を書き上げた。

 22週の終わりで栗子は亡くなってしまうが、彼女がどん底にいた千代を呼び寄せ、本当は千代の「熱烈なファン」だったのに、千代が自分で立ち上がるまではそのことを一切伏せて、「ただおってくれるだけでええ。それで十分や」「芝居してへんかっても、あんたはあんたやろ」と、あるがままの千代を肯定する。栗子の千代への働きかけは、「傷ついた人に寄り添う」とはどういうことなのかを教えてくれた。

 男性の作家である八津弘幸が、属性から解き放たれた先にある「大きな“母性”の物語」を書き上げたことは驚きであり、今日の希望だ。『おちょやん』は、「寄り」で見れば「家族を失い、すべてを失った千代が、苦労の末に女優として成功し『大阪のお母ちゃん』になるまでのお話」であるが、「引き」で見たときにこの物語が寓意するのは、赦しと救済、そして祝福ではないだろうか。千代は、自分自身が大きな愛を身につけ、人に配ることで、これまで受けてきた傷を癒し、自分自身をも赦してゆく。

 多かれ少なかれ、誰もが傷や痛みを抱えて生きている。『おちょやん』は、そんな人々にそっと寄り添う物語であり、当時も今も存在する「あちこちの千代」に向けた人間賛歌だ。「一時の慰め」ではなく、もっと大きな、長期的な希望をくれるドラマだと感じる。かつて一平が、自分の目指す喜劇として言葉にした「10年後も20年後も人々の心に残る芝居」。『おちょやん』こそが、そういう物語だと言えそうだ。

 最終週「今日もええ天気や」では、一平と灯子に対する「救済」も描かれそうな予感だ。「血がつながっていようがいまいが、大切な家族」を手に入れた千代は、全てを乗り越え、抱きしめる、大きな「お母ちゃん」になっていくのだろう。

■佐野華英
ライター/編集者/タンブリング・ダイス代表。エンタメ全般。『ぼくらが愛した「カーネーション」』(高文研)、『連続テレビ小説読本』(洋泉社)など、朝ドラ関連の本も多く手がける。

■放送情報
NHK連続テレビ小説『おちょやん』
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45
※土曜は1週間を振り返り
出演:杉咲花、成田凌、篠原涼子、トータス松本、井川遥、中村鴈治郎、名倉潤、板尾創路、 星田英利、いしのようこ、宮田圭子、西川忠志、東野絢香、若葉竜也、西村和彦、映美くらら、渋谷天外、若村麻由美ほか
語り:桂吉弥
脚本:八津弘幸
制作統括:櫻井壮一、熊野律時
音楽:サキタハヂメ
演出:椰川善郎、盆子原誠ほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/ochoyan/

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