渡辺あやが描く“あるがままの敗北” 『ワンダーウォール』の“続編”とも言える『ここぼく』

渡辺あやが描く“あるがままの敗北”

 言葉というものは使う人によって形を変えていく厄介なものだ。第2話では、みのりの情熱によって本調査がはじまる。倒れた上田(国広富之)に代わり調査を担当することになったMr.レッドカードこと沢田教授(池田成志)は1、2を争う変人だった。彼にみのりは岸谷教授が論文の「修正」を「整えて」という言葉を使って命じていたと明かす。ところが後(のち)に岸谷研究所の人たちにこの「整えて」は「机の上を掃除しろ」という意味だったと連絡が回った。

 いろいろな意味にとることができる言葉を悪用する人たちがいる。「適切に隠蔽したい」という言い回しもおそろしい。

 真相に迫ろうとする新聞部はその言葉の拡大解釈や読み替えを利用して活動中止に追い込まれそうになるがそれに抗う。正論の室田教授が味方にまわり、それに賛同する教授たちも現れはじめた。かすかに潮目の変化が訪れたと思われたが、結局、権力は強かった。

「結局何も変えられないまま終わっちゃった」

 みのりが大学を辞め研究室のある小さい会社でやり直すと聞いた真は「よかったね」と言う。「あんまりいじめないでよ」とみのりは複雑な顔をする。当たり触りのないことを言って誰に対しても好感度をキープしていた真が言葉選びを間違えた。それが小さな一歩かもしれない。少しだけ心が通いあったような瞬間。でも、「また連絡していい?」と真が聞くと、みのりは首を何度も横に振って、それからか細く「だめ」と絞り出す。ここもまた鈴木杏の名演技。世界は単純ではないことを彼女の身振りは饒舌に語る。それは、真が定食屋のテレビで見た、ある教授(佃典彦)が研究とは5年とか期限を決めてできるものばかりではないと激しく語ることとも似ている。単純に片付けられるものではないことが世界にはある。真はこれから少しずつそれを学んでいくのだろうか。

 正論で戦ったみのりを敗北させて終わらせたこのドラマには価値があると思う。今、世界には彼女のように懸命に正論を訴えても退けられてしまう事柄がたくさんある。それを、なんとなく曖昧にしたり、ハッピーエンドに書いたりすることなく、正しく負けるという言葉があるかわからないけれど、あるがままに描くことこそ、今は必要なのではないか。

 渡辺あやの作品はいつも弱き者が負けていく様を、語り部が来世に伝えていこうとするように記しているように感じる。確かに彼らがこの世にいて言葉を発した熱をこの世に残す。「書くこと」とはこういうことなのではないかと渡辺あやの作品を見ると思う。彼女のその消えていくものへの知性的な眼差しという点において、『今ここにある危機とぼくの好感度について』は2020年に映画化にもなった渡辺あやの脚本作『ワンダーウォール』の続編として見ることも可能ではないだろうか。

 『ワンダーウォール』は西の名門大学の古き良き学生寮が効率化の元に壊されそうになることを止めようとする大学生たちを描いていた。そこでも大学生たちは権力に負けていく。都合の悪いことは曖昧にして、経済や合理性ばかり重要視したものは果たして本当に守るべきものなのか。ほかに大切にすべきものがあるのではないか。大学生の叫び、新聞部学生の叫びは、西でも東でもどこでも関係なく、常に誰かが叫んでいる言葉である。西の名門大学の物語をそこだけに終わらせず、東の大学でも描くことによって、この問題はさらなる普遍性を獲得したと言えるだろう。

 たとえ今、この瞬間、負けたとしても、普遍的なものとして作品を昇華していくことで、長い眼で見たら負けではないのだきっと。だから言葉を発し続けたい、そんなことを思ってドラマを観た。

■木俣冬
テレビドラマ、映画、演劇などエンタメ系ライター。単著に『みんなの朝ドラ』(講談社新書)、『ケイゾク、SPEC、カイドク』(ヴィレッジブックス)、『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』(キネマ旬報社)、ノベライズ「連続テレビ小説なつぞら 上」(脚本:大森寿美男 NHK出版)、「小説嵐電」(脚本:鈴木卓爾、浅利宏 宮帯出版社)、「コンフィデンスマンJP」(脚本:古沢良太 扶桑社文庫)など、構成した本に「蜷川幸雄 身体的物語論』(徳間書店)などがある。

■放送情報
土曜ドラマ『今ここにある危機とぼくの好感度について』
NHK総合にて、毎週土曜21:00〜21:49放送 ※4K制作
出演:松坂桃李、鈴木杏、渡辺いっけい、高橋和也、池田成志、温水洋一、斉木しげる、安藤玉恵、岩井勇気、坂東龍汰、吉川愛、若林拓也、坂西良太、國村隼、古舘寛治、岩松了、松重豊ほか
作:渡辺あや
音楽:清水靖晃
語り:伊武雅刀
制作統括:勝田夏子、訓覇圭
演出:柴田岳志、堀切園健太郎
写真提供=NHK

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