『名探偵コナン 緋色の弾丸』赤井秀一の“正義” 『ゼロの執行人』との対比を考える

『緋色の弾丸』赤井秀一の“正義”とは

 今回注目したいのは『名探偵コナン ゼロの執行人』との繋がりだ。公安警察官である人気キャラクター安室透の活躍と、コナンとの対立と共闘を描いた作品だが、強く印象に残ったのはコナンと安室が信じる”異なる正義の形”の対立だった。そしてそれは今作において赤井と、赤井の所属するFBIの正義との対立という形で描かれている。

 安室の正義は国を守ることであり、そのためには時には個人を陥れるような真似をすることもある。『名探偵コナン ゼロの執行人』では、そのために毛利小五郎が一時的にとはいえ逮捕されてしまい、コナンと対立するきっかけを作ってしまった。

 赤井は必要とあれば犯人の命を絶つことも躊躇せず、今作でも狙撃を行っている。またFBIのジョディによって司法取引によって過去の罪を不問に処す代わりに、重要な証言を得るなどの「汚い正義」を用いることについて語るシーンも印象に残る。赤井と安室、最大のライバルでありながらも、その守るべき正義の形は非常に近いものがある。

 一方でコナンの正義は潔癖だ。「推理で犯人を追いつめて、みすみす自殺させちまう探偵は、殺人者と変わらねぇよ」という名家連続変死事件での名言ががとても印象深い。テレビアニメ放送1000回を記念してリメイクされた、名作と名高い『ピアノソナタ月光殺人事件』において、犯人を死なせてしまったことをコナンが後悔している描写がいくつも散見される。

 例え凶悪な犯人であろうとも、その命を奪うことは許さない。それがコナンの正義であり、赤井や安室の正義とは大きく異なる。これはそれぞれが守りたいものの違いと言えるだろう。赤井や安室が守るのは国家、あるいは国民といった大きな存在だ。それらを守るためには、時には個人の犠牲を必要とする”正義”が求められる状況もある。

 コナンが守りたいものは国家などの総体ではなく、目の前の個人そのものだ。その事件現場にいる被害者は当然のことながら、犯罪者であろうとも目の前の個人の命を重視する。少年漫画の主人公として真っ当ながらも、より険しい道を強いられるスーパーマンのような正義だ。

 そしてそれは真実への向き合い方と言い換えることも可能だろう。赤井も安室も時には真実を歪めたり、あるいは隠巣などの裏工作を厭わない。一方でコナンは真実に対してとても誠実で、それを歪めることを許さない。これは優れた知性を持つ3人であるが、赤井と安室が国を守る警察官なのに対して、コナンが探偵であるという職業観の違いからくるものだ。

 コナンと赤井。時に協力し合う関係性だが、その正義や心情は異なる。その正義とプライドがぶつかり合う様を、ぜひとも楽しんで欲しい。

※羽田秀吉の吉は上が土が正式表記

■井中カエル
ブロガー・ライター。映画・アニメを中心に論じるブログ「物語る亀」を運営中。
@monogatarukame

■公開情報
『名探偵コナン 緋色の弾丸』
全国公開中
原作:青山剛昌『名探偵コナン』(小学館『週刊少年サンデー』連載中)
監督:永岡智佳
脚本:櫻井武晴
音楽:大野克夫
声の出演:高山みなみ、山崎和佳奈、小山力也、池田秀一ほか
スペシャルゲスト:浜辺美波
主題歌:東京事変「永遠の不在証明」
配給:東宝 
製作:小学館/読売テレビ/日本テレビ/ShoPro/東宝/トムス・エンタテインメント 
(c)2020 青山剛昌/名探偵コナン製作委員会

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