西田敏行から放たれる“人間の業” 『俺の家の話』観山寿三郎役は紛れもない集大成に
第1話で野菜の名前が言えなかったことにショックを受け、独りで能舞台を見つめ、静かに謡う寿三郎。これまで当たり前のようにできていたことが次第にできなくなっていく恐怖。25年間家を出ていた長男におむつを替えられ、毒を吐くことでかろうじて親としてのプライドを保とうとする。
また第3話では“婚約者”さくら(戸田恵梨香)にこう告げる「死に方がわからないんです。私、随分と好き勝手に生きてきましたから。自分で広げた風呂敷の畳み方がわからない」。
人間とはなんと儚い存在なのか。門弟1万人の人間国宝でも、自分の最期が見えない。死ぬ時は誰もが1人……と、視聴者が切なさに身を震わせた瞬間、その世界は反転する。じつは弟子の寿限無(桐谷健太)は妻の里帰り中に寿三郎が家政婦に産ませた子供。さらにイタリア公演に同行した通訳、元新橋の芸妓、福島の旅館の女将と、次から次へと“関係”のあった女性たちの存在も明らかに。なんだこのタヌキ親父、全然哀れなんかじゃない。
が、多分、それこそが「人間」なのだ。人は綺麗なものだけをまとって生きてはいけない。美しく清廉な一面もあれば欲にまみれた顔も持つ。西田はそんな人間の一筋縄ではいかない姿を、観山寿三郎という人物を多面的に構築することで私たちに突きつけてくる。
だからこそ、寿三郎がスパリゾートハワイアンズの舞台で歌う「マイウェイ」にはとてつもない凄みがあった。ちょっと考えてみてほしい。長瀬をはじめ、阿部サダヲ、桐谷健太、永山絢斗の4人があのハイテンションでキレっキレのステージを繰り広げた後に登場し「マイウェイ」を歌える俳優が他にいるだろうか。
「すべては心の決めたままに」……なんという力技の説得力(寿三郎、こと女性問題に関して、やってることはめちゃくちゃなのに)。
老境に入った俳優にはふたつの道があるのかもしれない。ひとつは、いつまでも若々しく健康であることを前面に出し、見る人に元気を与えるパターン。そしてもうひとつが、自らの衰えや老いを隠さず、人生のエンドに向かっていく様すらさらけ出すことで、人間の業を芝居に映しとるパターン。
2016年に頸椎亜脱臼と胆嚢炎の手術を経て、西田敏行の出演作は以前に比べ減っているように感じる。それはきっと、身体を酷使しないようにとの思いがあってのことだろう。そんな中、おそらくギリギリの状態で彼が挑む観山寿三郎の姿をしっかり目に焼き付けていきたい。宮藤官九郎が描き、長瀬智也と西田敏行が時を経て演じる3度目の“親子”の姿。これはもう、集大成である。
■上村由紀子
ドラマコラムニスト×演劇ライター。芸術系の大学を卒業後、FMラジオDJ、リポーター、TVナレーター等を経てライターに。TBS『マツコの知らない世界』(劇場の世界案内人)、『アカデミーナイトG』、テレビ東京『よじごじDays』、TBSラジオ『サキドリ!感激シアター』(舞台コメンテーター)等、メディア出演も多数。雑誌、Web媒体で俳優、クリエイターへのインタビュー取材を担当しながら、文春オンライン、産経デジタル等でエンタメ考察のコラムを連載中。ハワイ、沖縄、博多大吉が好き。Twitter:@makigami_p
■放送情報
金曜ドラマ『俺の家の話』
TBS系にて、毎週金曜22:00〜22:54放送
出演:長瀬智也、戸田恵梨香、永山絢斗、江口のりこ、井之脇海、道枝駿佑(なにわ男子/関西ジャニーズJr.)、羽村仁成(ジャニーズJr.)、荒川良々、三宅弘城、平岩紙、秋山竜次、桐谷健太、西田敏行
脚本:宮藤官九郎
演出:金子文紀、山室大輔、福田亮介
チーフプロデューサー:磯山晶
プロデューサー:勝野逸未、佐藤敦司
編成:松本友香、高市廉
製作:TBSスパークル、TBS
(c)TBS