綾野剛は“演じる”のではなく役を“生きる” 集大成となった『ヤクザと家族』に至るまで
さて、ここまでわたしは綾野剛の俳優活動について「演じる」という言葉を使ってきたけれど、綾野自身が好んで使う言葉は「役を演じる」ではなく「役を生きる」である。わたしが彼に初めてインタビューしたのは2013年6月(※2)だったが、このとき極めて印象に残ったのは、「役は上から降りてくるのではなく、下から上がってくる」という言葉だった。実際これは、彼の俳優作法の根幹を端的に言い表わした言葉ではないかと思う。この言葉が意味することは、衣裳をつけ、現場に立ち、そこにあるもの――ロケーションやセットの雰囲気、撮影や照明、共演者の呼吸、そしてもちろん演出など――をすべて吸い上げることで初めて役になるということだ。2017年のインタビュー(※3)では、自分は常に「誰かのダミー」だという言葉もあった。つまり彼は、少なくとも当時の彼は、役のための「器」に徹する俳優だったのである。
ならば「役を演じる」という言い方を彼が避ける理由もわかる気がする。「演じる」という言葉には、概念としてどこかに存在する役を演者が真似ているかのような響きがあるとともに、演者の作為が含意されているのだから。「器」に徹するというのは、自分のエゴを可能なかぎりなくしていくことである。わたしたちが綾野剛という俳優を見て感動するのは、この捨て身の姿勢のせいもあるのかもしれない。
ところが綾野剛のもうひとつ面白い点は、自分のやり方を常に疑い、刷新していこうとする点だ。先ほど触れた2017年のインタビューで、彼はこのようなことも言っていた。「これから撮影に入るTVドラマ(『フランケンシュタインの恋』)では「余白を残す」ことをしようと思っている」。のちにこの言葉の意味を尋ねると、「観ている人が役に寄り添うことのできる隙間を作りたいということです」と綾野は答えた(※4)。思えばこのあたりから、役を生きる綾野のたたずまいにある種の間口の広さ、柔軟さが加わってきたような気もするのだ(単にキャリアを重ねたから柔軟になっただけだ、という見方もあるかもしれないが)。
もちろんいまでも綾野剛は、自分ではなく作品を優先し、作品に殉じる捨て身の俳優だ。だが、俳優活動における「自分」の扱いが明らかに変わったと思わせたのが、昨年放送されたTVドラマ『MIU404』(TBS系)である。これまでの綾野剛とは違う面を見せることを念頭に当て書きされた彼の役には、普段の彼が持つ人懐っこさや前向きな明るさがたっぷりと投影されていた。ここに来て彼はとうとう、自分を捨て去ることなしに役を生きるに至ったのであり、そうして生まれた伊吹藍という人物は、これまで綾野が生きた役たちとはまた別種のリアリティをまとって、視聴者に熱烈に愛され支持されたのだった。
以前の演技が、自分を捨ててできた空白のなかに現場を取りこむプロセスだったとすれば、ここでの綾野は、自分という核をわずかに残したうえで、そこに現場を巻きつけていたと言えるかもしれない。そしてこのやり方は、実は『ヤクザと家族』ですでに始まっていたのではないかと思うのだ。『ヤクザと家族』の山本賢治のなかには、これまで綾野が生きてきた役たちの断片が生きている。山本には絶望があり、暴力と狂気があり、はかない繊細さがある。綾野という器のなかに現場が流れこみ、それらの断片がまとめ上げられ、研ぎ澄まされ、これまで以上の高みへと引き上げられる。まさしく「集大成」だ。
けれどももちろん綾野剛はここにとどまらず、さらに先を見据えている。自信作を発表するとき必ず言う言葉を、今回も彼は口にする。「今後はこの作品が僕の最大のライバルになります」(※1)。
※1『キネマ旬報』No.1857(2021年1月上・下旬合併号)より
※2『キネマ旬報』No.1642(2013年8月上旬号)より
※3『武曲 MUKOKU』劇場用パンフレット取材時より
※4『キネマ旬報』No.1783(2018年7月上旬号)より
■篠儀直子
翻訳者。映画レビューやインタビュー記事を、『GQ JAPAN』ウェブ版、『キネマ旬報』
などに時々寄稿。翻訳書は『フレッド・アステア自伝』『エドワード・ヤン』(以上青土社)、『ウェス・アンダーソンの世界 ファンタスティックMr.FOX』『ウェス・アンダーソンの世界 グランド・ブダペスト・ホテル』(以上DU BOOKS)、『SF映画のタイポグラフィとデザイン』(フィルムアート社)など。
■公開情報
『ヤクザと家族 The Family』
全国公開中
監督:藤井道人
出演:綾野剛、尾野真千子、北村有起哉、市原隼人、磯村勇斗、菅田俊、康すおん、二ノ宮龍太郎、駿河太郎、岩松了、豊原功補、寺島しのぶ、舘ひろし
プロデューサー:河村光庸
制作:スターサンズ
配給:スターサンズ、KADOKAWA
(c)2021『ヤクザと家族 The Family』製作委員会
2020年/日本/136分/5.1ch/ビスタ/カラー/デジタル
公式サイト:yakuzatokazoku.com
■リリース情報
『MIU404』
Blu-ray&DVD発売中
【Blu-ray】
価格:28,800円(税別)
仕様:2020年/日本/カラー/本編(540分)+特典映像(180分)/16:9 1080i High Definition/Vol.1~3:2層、Vol.4:1層/音声:リニアPCM2chステレオ/字幕:日本語(本編のみ)/全11話/4枚組(本編ディスク3枚+特典ディスク1枚)
【DVD】
価格:22,800円(税別)
仕様:2020年/日本/カラー/本編(540分)+特典映像(180分)/16:9LB/片面1層/音声:ドルビーデジタル2ch/字幕:日本語(本編のみ)/全11話/6枚組(本編ディスク5枚+特典ディスク1枚)
<特典映像>
・ポリまる presents 未公開&NG集 一挙公開スペシャル!
・見どころ初動捜査スペシャル!特別版
・オールアップ集
・SNSジャック! ライブ配信会見+アフタートーク
・ロングインタビュー集(綾野剛 星野源 岡田健史 橋本じゅん 麻生久美子)
・「MIU404」ベストシーン×「感電」
・Happy Birthday Movie(岡田健史 伊吹藍 志摩一未)
・伊吹&志摩のシートベルトMovie
・MIUチャンネル
・SPOT集
<特典音声>
最終話オーディオコメンタリー(綾野剛×星野源×脚本・野木亜紀子×演出・塚原あゆ子)
<初回生産限定>
劇用車「まるごとメロンパン号」クラフト(PP素材)
※数に限りがございますので、無くなり次第終了となります。
<封入特典>
ブックレット(脚本家・野木亜紀子による各話ライナーノート“nogi note”を掲載!)
出演:綾野剛、星野源、岡田健史、橋本じゅん、黒川智花、渡邊圭祐、金井勇太、番家天嵩、菅田将暉、生瀬勝久、麻生久美子
脚本:野木亜紀子
主題歌:米津玄師「感電」(ソニー・ミュージックレーベルズ)
音楽:得田真裕
発売元:TBS
発売協力:TBSグロウディア
販売元:TCエンタテインメント
(c)TBSスパークル / TBS