『鬼滅の刃』大ヒットと『ジャンプ』アニメの隆盛 2020年を振り返るアニメ評論家座談会【前編】

1980年代から遡る主人公像の変遷

渡邉:また、『ジャンプ』には限らないのかもしれないですけど、最近の漫画やアニメで描かれる主人公像というかヒーロー像の特徴が時代の流れを受けて変わってきているように思います。まさに『鬼滅の刃』の竈門炭治郎とかが典型的なんですが、80年代、僕たちが子どもの頃に読んでいたような往年のジャンプ漫画のヒーローの典型的なキャラクター像を踏襲していながらも、すごく“いい子”なんですよね。真面目だし、家族が好き。同じようなことが『呪術廻戦』でも言えて、あの漫画の主人公の虎杖悠仁もおじいちゃんの教えを大事な行動原理にしている。彼らの描かれ方は、やっぱり今の「Z世代」と呼ばれる10代から20代前半の学生世代と似ている気がします。少なくとも、僕の思春期の頃の若者像や少年像とは、少し違う感覚があるんですね。つまり、今の主人公像って、ヒーローだし主人公なんだけど、別に1000年に1人の特別な才能を持っているとか、並外れてめちゃくちゃ強いというわけではなく、むしろ未熟な要素を持っている。それは『ヒロアカ』も同じで、むしろヒーローになりたいと思って成長していく未熟な主人公の物語で、無敵の存在というのはむしろ主人公とは別にいるという設定になっている。例えば『鬼滅の刃』だと、煉獄さんは無敵の理想の上司みたいな感じで、炭治郎はとりあえず「煉獄さんについていきます!」みたいな感じ(笑)。そういうリアリティーは、どこか今の若者らしい感じがしますね。

 『ジャンプ』に限らないですけど、これまで描かれてきたヒーロー像を仮に年代順にまとめ直してみると、例えば、昭和の80年代には、『北斗の拳』や『ドラゴンボール』みたいな、とにかく鍛錬して強い敵と戦って勝っていくことでどんどん弁証法的に強くなっていくようなヒーローが描かれていて。その後、平成の90年代になると、これは『ジャンプ』ではないですけど、『エヴァ』のシンジくんみたいな、引きこもり型の戦いたくないトラウマ的なヒーローというか、主人公が出てくる。それが2000年代のネオリベの小泉政権時代になると、『デスノート』の夜神月のように、シンジのようにひきこもっていたら生きていけないから、自分から戦わなきゃいけないという感じになってくる。当時、宇野常寛さんの言っていた「決断主義」的な主人公像ですね。さらにそれが2010年代になってくると、なろう系、異世界転生ものや「俺TUEEEEE」系の主人公みたいな、転生した先の世界でチートでうまくやっていくとか鍛錬しなくても最初から最強みたいなキャラが出てくる。これなんかはまさに、ゼロ年代以降の自己責任や能力主義が過剰に求められる世の中のプレッシャーからとにかく降りたいという若者の欲望がすごく反映されていたように思います。というふうに、ここ30年くらいのヒーロー像の変遷をまとめてみた時に、令和時代の炭治郎的なキャラクターというのは、やっぱりそういうのともちょっと違っていますよね。

『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』(c)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

杉本:本当に、ヒーローがすごく真人間になっているというのが最近の傾向なんですよね。『ドラゴンボール』の孫悟空みたいな破天荒なキャラはあまり出てこない。

渡邉:やっぱりそれも、近年のコンプライアンスやハラスメントへの配慮、傷つけない笑い、あるいは「chill」とかの時代の風潮に関係していますよね。ある枠からはみ出して活躍したいというよりは、理想の上司みたいな存在がいて、穏当にその人についていきたいみたいな感覚をすごく感じます。

杉本:ひとつに、日本社会がもはや上昇志向ではないのだと。上昇していくことに対して、全然リアリティーを感じないところがあるのかもしれません。そういう意味では、主人公が最強になること自体、あまりリアリティーを感じていないのかなと。

渡邉:そうだと思います。

藤津:だから、今の若い子は基本的に、なるべくノーミスでノーダメージで過ごしたいみたいな感覚があるんだろうなと思います。道を踏み外しても、社会がどこかで吸収してくれるみたいなことがあまりなく、先行きが見えない不安感があるのかなと。そこが、主人公像に反映されている気は少ししています。

渡邉:夜神月や『銀魂』の銀さんのような、往年の『ジャンプ』ファンからすると、少しひねったゼロ年代『ジャンプ』の主人公像ではなく、炭治郎のように基本的に明朗快活でハキハキしているキャラクターが、親世代の『ジャンプ』ファンにもフィットしている。先程の藤津さんのお話に戻りますが、そういった点が『鬼滅の刃』や最近の『ジャンプ』アニメが世代を問わずここまでヒットしているひとつの要因として挙げられるのではないでしょうか。

■公開情報
『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』
全国公開中
声の出演:花江夏樹、鬼頭明里、下野紘、松岡禎丞、日野聡、平川大輔、石田彰
原作:吾峠呼世晴(集英社『週刊少年ジャンプ』連載)
監督:外崎春雄
キャラクターデザイン・総作画監督:松島晃
脚本制作:ufotable
サブキャラクターデザイン:佐藤美幸、梶山庸子、菊池美花
プロップデザイン:小山将治
コンセプトアート:衛藤功二、矢中勝、樺澤侑里
撮影監督:寺尾優一
3D監督:西脇一樹
色彩設計:大前祐子
編集:神野学
音楽:梶浦由記、椎名豪
主題歌:LiSA「炎」(SACRA MUSIC)
アニメーション制作:ufotable
配給:東宝・アニプレックス
(c)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable
公式サイト:https://kimetsu.com
公式Twitter:@kimetsu_off

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