『おちょやん』少女編が描いたもの 属性から解き放たれてスタートラインに立つ千代の姿

 ところで、明治生まれのヒロイン、貧しい生家、ダメ父、幼くして奉公に……といった共通要素からか「『おちょやん』は令和版『おしん』か」との評をたびたび目にした。『おしん』をちゃんと観たことのない人たちは、とかく『おしん』が辛抱の物語であるというレッテルを貼りがちなのだが、「少女編」から「自立編」にかけての『おしん』の核は、ヒロインの「家制度の呪縛からの脱却」であるということをここで強く主張しておきたい(脚本家の橋田寿賀子氏自身もこういった間違ったレッテルを貼られることにたびたび苦言を呈している)。

 実は、おしんはそんなに辛抱していない。小林綾子がヒロインを演じたかの有名な『おしん』「少女編」では、最初の奉公先の女中頭による苛烈ないじめに我慢の糸がプツンと切れ、「やーめた」と出奔してしまうのだ。筆者は、前述の“不遇設定”にではなく、「あまりにも理不尽な環境からは逃げ出してもいい。それが自分を取り戻す第一歩である」というこのメッセージにこそ『おちょやん』と『おしん』の共通性を感じた。「うちがあんたらを捨てたんや」と啖呵を切って千代が村を出るシーンは、千代がテルヲと家族であることを「やーめた」瞬間だ。ホームドラマの特性が強く、家族至上主義に傾きがちな朝ドラにおいて、千代の「決別」は革命的であった。

 わずか9歳の千代にとって「うちがあんたらを捨てたんや」は、初めのうちは自分に言い聞かせる言葉だったかもしれない。さらには、その後テルヲの夜逃げを知らされ「捨てたつもりが捨てられた」という苦悩に見舞われる。しかし、まずは自分の意思で「竹井テルヲの娘」という属性を捨てようとしたところから道が開けたことは間違いない。やがて千代は女中として働く芝居茶屋「岡安」に自分の居場所を見つけるが、女将のシズ(篠原涼子)は千代に対してあくまでも厳しく接する。擬似家族的で「なあなあ」の情で甘やかすのではなく、この厳しさと弁別にこそ、シズが千代を一個の人間として尊重する意思が垣間見られて心地よい。

 また、千代が初めて目にしてから憧れを抱く女優・高城百合子(井川遥)が舞台で発した台詞がこのドラマの重要点であり、今後も千代の指針となりそうだ。女性の自立を描いたイプセンによる社会劇の金字塔『人形の家』のノラの台詞だ。

「何より第一に私は人間です」

「少なくともこれからそうなろうとしているところです」

「自分で何でも考えて明らかにしておかなくちゃなりません」

 2週にわたる「少女編」では、千代がわずか9歳にして属性を捨て、一個の人間に「なろうとしているところ」が描かれた。「血の繋がりだけが全てではない。自分の居場所は自分で行動を起こして作ることができる」という今日的なメッセージがあった。「腐れ縁」となる一平(成田凌/少年時代:中須翔真)と千代の合わせ鏡の人生の始まりが提示され、“父を失った”ふたりが、芝居という世界の中で生き直す姿が描かれる予感にワクワクする。

 千代の、他者のお膳立てに頼らず、自分の頭で考え、能動的に前に進むことのできる資質が強く印象に残る。毎田暖乃の繊細な演技と強い眼差しがあってこそ成し得た業だ。たった10回でこれだけの爪痕を残し、もはや「子役」の域を超え実力派俳優として視聴者の記憶に刻まれた毎田暖乃と中須翔真の両者に心からの拍手を送りたい。

 『おちょやん』という作品そのものがそうであるように、千代は、一見これまでの「朝ドラヒロインあるある」の集大成に見えて、実は誰にも似ていない。小学校をやめるとき、玉井先生(木内義一)が千代にかけてくれた言葉のとおり、世の中には一絡げにできる「普通」なんてないのだ。ひとりひとりが違って、ひとりひとりが「普通」。つまり「普通」とは「あなたらしさ」だ。このあとも杉咲花演じる千代が「千代らしく」、彼女の人生を邁進する姿を見るのが楽しみだ。

■佐野華英
ライター/編集者/タンブリング・ダイス代表。エンタメ全般。『ぼくらが愛した「カーネーション」』(高文研)、『連続テレビ小説読本』(洋泉社)など、朝ドラ関連の本も多く手がける。

■放送情報
NHK連続テレビ小説『おちょやん』
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45
※土曜は1週間を振り返り
出演:杉咲花、成田凌、篠原涼子、トータス松本、井川遥、中村鴈治郎、名倉潤、板尾創路、 星田英利、いしのようこ、宮田圭子、西川忠志、東野絢香、若葉竜也、西村和彦、映美くらら、渋谷天外、若村麻由美ほか
語り:桂吉弥
脚本:八津弘幸
制作統括:櫻井壮一、熊野律時
音楽:サキタハヂメ
演出:椰川善郎、盆子原誠ほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/ochoyan/

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