9年ぶりの新刊発売も大きな話題に 『涼宮ハルヒの憂鬱』の社会現象を振り返る
また、京都アニメーションの知名度を飛躍的に上昇させたことにも注目したい。本来、作中世界の基本設定やキャラクターの紹介をするべき、1期の1話ではあえて作中作である『朝比奈ミクルの冒険 Episode00』を放送し、視聴者を煙に巻いた。またメインストーリーを連続で放送することなく、合間合間で1話完結の短編話を含める、あるいは2期放送時では再放送だと思ったら、唐突に新作エピソードを入れてくるなど、実験精神が感じられた。
それらは、ただ単に奇を衒ったものではなかった。冒頭の「God knows…」のライブシーンは、楽曲の良さとともに実際にハルヒ達が楽器を弾いているように見えるなどの、作画のレベルの高さにも衝撃を与えた。世界が変わったというのは決して誇張ではなく、現在でもテレビアニメのライブシーンで特に印象に残る作品を挙げていけば、必ず名前が上がるほどの名シーンとなっている。
そして実験精神といえば、忘れられないのは『エンドレスエイト』の衝撃だろう。ほぼ同じ脚本の物語を8回放送するというかつてない試みは、今でも話題にあがる。放送当時は何回目でループする物語が終わるのか分からず、不満の声もあり、今でも賛否は分かれているが、ほぼ同じ脚本でありながらも、作画などを一切使い回しにすることがなく、絵コンテや演出が変わることで、同じ話でありながらもキャラクターや作品の印象がどのように変わるのか、研究するのも面白い。
これらの実験精神とは、言葉を変えれば“表現をしたい”という好奇心だ。映画作品の『涼宮ハルヒの消失』も、勢いがあるとはいえ、京都アニメーションが制作する長編映画は2作目でありながらも162分という、全編新作映像のアニメ作品としては異例の長さとなった。日常描写にもこだわり抜き、例えばキョンが下駄箱で靴を履くシーンでは、転がってしまった靴を足で戻そうとする、男子高校生らしいガサツな一面に、共感と衝撃を覚えた。こういった描写が160分息切れすることなく、全編スペシャルな映像、音楽などを楽しめる作品に仕上がっている。
京都アニメーションの作品からは物作りを本気で楽しむ姿勢と、溢れんばかりの創作意欲を感じさせ、2000年代から現在に至るまで注目を集めるスタジオになるのは当然だったのかもしれない。まるで全編に“京アニ!”と大きく印字されているかのように、一眼見ればわかるほどの表現欲にいつも圧倒されてきた。それらの表現欲・好奇心は衰えることなく継承されていき『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』へと、思いがつながっていくのだ。
■井中カエル
ブロガー・ライター。映画・アニメを中心に論じるブログ「物語る亀」を運営中。平成アニメの歴史を扱った書籍『現実で勇者になれないぼくらは異世界の夢を見る』(KADOKAWA刊)が発売中。@monogatarukame
■書籍情報
『涼宮ハルヒの直観』
著者:谷川流
イラスト:いとうのいぢ
発売:2020年11月25日(水)
発行:株式会社KADOKAWA(角川スニーカー文庫)
定価:本体720円(税別)
作品ページ:https://kimirano.jp/special/haruhi_chokkan/
公式Twitter:https://twitter.com/haruhi_official