タル・ベーラのもとで学んだ小田香監督が語る『サタンタンゴ』の魅力 彼からの影響やその人柄まで

小田香が語るタル・ベーラと『サタンタンゴ』

 56歳の若さで映画監督からの引退を表明したハンガリーの巨匠、タル・ベーラが、4年の歳月をかけて完成させた7時間18分の大長編『サタンタンゴ』。日本では昨年ようやく劇場公開が叶った伝説の1作が、今度はいよいよBlu-rayとなって9月9日にリリースされた。

 そこでタル・ベーラに師事した経験を持ち、9月19日から新作『セノーテ』が公開される小田香監督に、彼との想い出、『サタンタンゴ』の魅力を聞いた。(水上賢治)

「自分の中にあった映画の固定観念を覆して、まっさらにしてくれた」

小田香(c)Miura Hiroyuki

――はじめに、小田監督がタル・ベーラ監督の作品との出会いは?

小田香(以下、小田):一番最初に観たのは、『倫敦から来た男』でした。たしか20歳前後ぐらい、TSUTAYAでDVDを借りてきて、自分の部屋で観たと記憶しています。そのあと、『ヴェルクマイスター・ハーモニー』もDVDを借りて観て、『ニーチェの馬』は公開されたとき、劇場で観ました。

――はじめてタル・ベーラ作品に触れたとき、どんな印象を?

小田:みなさんそうだと思いますが、まず映像といいますか。いままで自分が経験してこなかった映像体験に圧倒されました。これまで自分が観てきた映画とはまったく別の体験でした。たとえば、それまで私にとっての映画体験というのは、テレビで放送されるようなストーリーがしっかり語られて、それについて自分が共感したり、感動したりするものでした。ただ、タル・ベーラ作品はまったく違う。でも、なぜか自分でイメージを掻き立てられて、いろいろなシーンが頭から離れない。特に『ヴェルクマイスター・ハーモニー』のクジラの目のショットとか、目に焼き付く。ある意味、自分の中にあった映画の固定観念を覆して、まっさらにしてくれたというか。自分がそれまでまったく知らないでいた映画があることを、ストーリーを飛び越えて何かが伝わってくる、別次元の体感ができる映画があることを教えてくれたのが、タル・ベーラやペドロ・コスタでした。

――それでタル・ベーラが陣頭指揮するfilm.factory(3年間の映画制作博士課程)で学んでみたいと?

小田:そうですね。自分の中で尊敬する映画作家でしたから、ぜひ彼のもとで学びたいと思ってサラエボにあったfilm.factoryに行くことにしました。

――そこからタル・ベーラのもとで3年間学ぶことになるわけですが、『サタンタンゴ』はいつご覧になったのですか? 伝説の1作としてその存在は知っていたと思うのですが。

小田:そうですね。映画の存在はもちろん知っていましたが、サラエボに行くまでは観るチャンスがありませんでした。初めて観たのは、サラエボに渡った2013年か2014年のこと。タル・ベーラの講義の一環でです。その後、『サタンタンゴ』を観て、タル・ベーラがすべてを解説するという。

――それはそれは、すごい贅沢な講義ですね。死んだはずの男が戻ってくることでハンガリーのある田舎町がざわつき、なにか不穏な空気に包まれていく物語、約150カットで構成された7時間を超える長編を本人がひとつひとつ解説した。

小田:そうです。地元の小さな劇場をお借りして、1日目は『サタンタンゴ』を全編観る。翌日、ひとつひとつ解説して学生たちからの質問にも答えてくれる。ポストイットを貼ってワンシーン、ワンショット、すべて解説してくれたと思います。カメラの位置だとか、構図のこととか細かいことまで丁寧に教えてくれました。この講義を録画していたら、今回のBlu-rayの最高の特典になったでしょうね(笑)。

――その講義で覚えていることはありますか?

小田:やはり猫については虐待シーンを含めて、いくつか質問が出て。猫がミルクを飲んで、朦朧として目を閉じるシーンがありますけど、友人がどうやって撮ったのかを聞いたんですね。それでタル・ベーラは、危害は一切加えていないと。あれは1カ月ぐらい前から少女エシュティケ役のボーク・エリカと同じ部屋に住まわせて、実際の映画と同じような遊びをトレーニングじゃないけど、やって馴れさせたと言っていました。あの目を閉じるシーンも、当時、ベーラが飼っていた猫の面倒をみてくれていた獣医さんを呼んできて、害のない睡眠薬で眠らせただけといっていました。このシーンひとつとっても、これだけ用意周到な準備をしていたんだと驚いたことをよく覚えています。

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