『賢い医師生活』世界的人気の理由を探る 『応答せよ』シリーズから『はちどり』との関連まで

『賢い医師生活』の世界的人気の理由を探る

韓国語特有のニュアンスを活かしたセリフや演出

『賢い医師生活』のジョンウォン(tvN公式サイトより)

 また、このコンビによるドラマは韓国語特有のニュアンスを活かしたセリフや演出が多いのも特徴だと言う。

「『応答せよ1997』は釜山の高校の物語で、ソウルからの転校生が使う標準語や、卒業してソウルに出てから言葉が変わっていく様を描いていた。『応答せよ1994』もソウルの延世大学の学生下宿の話で、韓国各地から上京してきた学生がそれぞれの方言で話している。『賢い医師生活』では、小児外科医のジョンウォン(ユ・ヨンソク)と、脳神経外科のレジデントのチホン(キム・ジュンハン)のキャラクターに効果的に活かされている」(スージン氏)

『賢い医師生活』のチホン(tvN公式サイトより)

 韓国語の細かなニュアンスは字幕だとわかりづらいが、そこに気がつくとストーリーに深みが増す。ジョンウォンは誰に対しても丁寧な口調で話し、学生時代からの親友4人に対してだけは素の自分を見せる。その彼の口調が変わっていくことで、丁寧語で固められたバリアの中に親友以外で初めて入り込む特別な存在を感じさせる。元軍人のチホンは、思いを寄せる指導教授のソンファ(チョン・ミド)に、彼への誕生日プレゼントとして「タメ語で話してもいいですか?」とお願いする。ソンファを想うもう1人の強力なライバルの存在に気づき、年功序列に厳しい世界で生きてきたはずのチホンが不躾な願いを口にせざるを得なかった焦燥感が現れる名シーンだ。そして、チホンと対比するように、肝胆膵外科医イクジュンの覚醒も描かれる。イクジュンは誰とでもすぐ友達になれる、学生時代から成績優秀でできないことはない天才外科医。でも本当は理性が働き利他的で、自己犠牲を払ってでも周りの幸せを願い「これでいいんだ」と自分に言い聞かせている。一見無双な彼に人生最大の挫折が訪れ、「一生後悔しないために」勇気を振り絞り20年ぶりに訪れたセカンドチャンスを掴む。スージン氏は、「彼のようなキャラクターは今まで韓国ドラマで描かれてきたことはなかったと思う」と言い、こう続ける。

「実生活にこんな人たちはいないから、このドラマはファンタジーと言える。仰々しいラブストーリーよりも、もっとファンタジー。恋愛感情は永遠には続かない。友情だって時間が経てば薄れてしまう。それが人生だってみんな理解している。だからこのドラマはファンタジーで、視聴者にとってもノスタルジックなんだと思う。そして、失われてしまったもの、この世にはないものを求めて私たちはドラマや映画を観続けるのでしょう」。

『恋のスケッチ~応答せよ1988~』のテク(tvN公式サイトより)

 言葉のニュアンスと同じくらいシン・ウォンホとイ・ウジュンのコンビによるドラマの特徴としてあげられるのが、タイミングと運命の関係。先ほど例に挙げたレジデントのチホンは、何度もタイミングを見誤る。『応答せよ』シリーズでも、タイミングと選択で変わってしまう運命を繰り返し描いていた。『応答せよ1988』のテク(パク・ボゴム)は天才囲碁棋士だけあり、普段はおっとりしていても千載一遇のチャンスを逃さない。主人公たちの選択について、「運命の分かれ道というのは、ごくまれにしかやってこない。偶然訪れる劇的な瞬間こそ、運命なのだ。だから運命はタイミングとも呼ばれる。しかし運命は、そしてタイミングはただの偶然ではない。切実な選択が導く、奇跡のような瞬間なのだ。迷うことなく突き進むことで、タイミングが作られる」と表す哲学的なナレーションが、人気ドラマ作家コンビの真骨頂だ。セリフの中でさらりと語られる「イクジュンはポーカーが得意」という特徴も、キャラクター造形とストーリーの行きつく先の伏線という深読みもできる。

『はちどり』『82年生まれ、キム・ジヨン』でも描かれる1980年前後生まれの女性像

『賢い医師生活』(tvN公式サイトより)

 80年代生まれ世代が40代をどう生きるかは、彼らの上の世代にも下の世代にとっても、今の社会における重要なテーマなのかもしれない。スージン氏は「このドラマが韓国で当たっている理由の一つが、“新しい40代像”を描いているから。彼らは80年生まれのいわゆるジェネレーションXからジェネレーションYの移行期に当たる世代で、5人とも仕事や趣味があり、40歳だから落ち着かなきゃ、家庭を持たないと、みたいな既成観念に固執していない。10年前だったらそんなキャラクターは描かれなかっただろうし、共感も得づらかったはず。でも周りを見渡すと、まだまだ少ないかもしれないけれどそんな40代も出てきている。より多様性のある社会になって、ドラマで描かれる人物像も変化している。特にソンファは、仕事も手を抜かないし、休日には1人でキャンプに行くという新しいタイプの女性像」と指摘する。

 昨年から世界中の映画祭で話題になった韓国映画の『はちどり』(2019年、キム・ボラ監督)の主人公ウニは、映画の舞台の1994年に14歳で、キム・ボラ監督自身や『賢い医師生活』の5人と同世代。『応答せよ1994』の主人公たちは94年に大学生で、就職活動中に1997年の通貨危機を迎える。また、日本でも10月に公開になる『82年生まれ、キム・ジヨン』(2019年、キム・ドヨン監督)のジヨンも同世代だ。「彼らを、多感な時期に1994年を経験している世代として見ることもできる。私の記憶にも、94年の聖水橋崩壊や95年の三豊百貨店の崩壊、97年の通貨危機は残っている。これらの出来事をどういう立場で見てきたかによって、現在の立ち位置も変わってくる」(スージン氏)。それを踏まえると、彼女たちと同じ景色を見て育ってきたソンファのキャラクター造形も見えてくる。

『賢い医師生活』のソンファ(tvN公式サイトより)

 公式サイトのキャラクター紹介に「10年間、ソンファは病院と家の往復だけで病院の鬼神として、脳神経外科の唯一の女性教授になった。ここでソンファが諦めたら、また『だから女は…』と言われてしまうのではないか…。後輩たちの名前の前に“唯一の女性教授”という意地悪な肩書きをつけたくなくて、どんな迫害や差別にも耐え忍んできた」とあるように、彼女たちが不惑の年を迎える今こうしていくつかの物語で同じ世代が描かれているのは、時代の変遷期として必然なのだろう。

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