時代によって変化してきたジョーカー像 「バットマン」映画からの変遷を辿る

時代と共に変化してきたジョーカー像を考察

 バットマンとの対決が描かれないのは、じつは『ジョーカー』も同じである。であれば、なぜこのジョーカーは、多くの観客に支持されたのだろうか。

 ここでホアキン・フェニックスが演じているのは、TVショーのコメディアンになるという夢を持っている、貧しく孤独な男である。緊張すると思わず笑ってしまうという持病を抱えながらも母親の介護を続け、社会補償が打ち切られることで、急激に追いつめられていく。

 そんな男が、ある日ある事件を起こすことで、これまでに経験したことのない快感を得ることになる。彼は、社会や周囲の人々から冷たい態度をとられることで、自分には何の価値もないという思いにとらわれていた。しかし、そんな彼が社会的に重大な事件を起こすことで、初めて人々が注目し、大騒ぎするようになったのだ。この倒錯した自尊心を再び手に入れようと、男は犯罪を繰り返すようになり、ジョーカーへと近づいていく。

『ジョーカー』(c)2019 Warner Bros. Entertainment Inc. TM & (c)DC Comics

 ここで思い出すのは、近年のアメリカで起こり続けている、無差別的な銃乱射事件である。思い通りにならない社会に復讐するため、虐げられていると感じる人物が、破れかぶれになって銃撃を行い、大勢の無関係な人々を道連れにして死を選ぶ。そんな構図と、『ジョーカー』の内容は、かなりの部分で似ているところがある。起こす事件そのものは重大だが、その動機にカリスマ的な要素はなく、発想も卑小そのものである。だが、これが現在のリアルな脅威であることも確かなのだ。

 そんな凶悪犯罪が生まれてしまうところを見ると、経済格差問題がとくに顕著になってきているアメリカでは、水面下で同じように不満をためている市民が大勢いるということが推察される。日本の観客の中においても、「俺はジョーカーの気持ちが分かる」というような声があがったように、世界各地の同じ問題を持つ社会で、不満を爆発させて犯罪に走るというジョーカーに、少なくとも部分的に感情移入するという現象が生まれたのである。

 ここでジョーカーが笑っているのは、自分をこんな状況にまで追いつめた、世界や社会そのものである。だからここでは、否定される正義であるバットマンを必要とせずとも、ジョーカーの存在意義が守られたのではないだろうか。

『ジョーカー』(c)2019 Warner Bros. Entertainment Inc. TM & (c) DC Comics

 このように、ある価値観をあざ笑い無効化してしまう可能性を持ったジョーカー像というのは、時代によって変化してきたといえる。ジョーカーを見ることで、その時代の悪や脅威のイメージが何なのかということが表現されるまでになったのである。だからわれわれは、ジョーカーから目が離せないのだ。

 最後に付け加えなければならないのは、アフリカ系アメリカ人を警官が殺害したことによって起こった抗議運動と、『ジョーカー』の主人公が起こす暴動が類似しているという見方についてである。しかし、この場合は、人種差別を背景に、警官が特定の人種に苛烈な暴行を働いてきたという歴史的な問題が原因になっているため、映画で描かれた不満とは本質的な違いがある。ここはしっかりと線を引いて理解するべきであろう。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■放送情報
『ジョーカー』放送記念大特集
[名優ホアキン・フェニックス編]
『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』(エクステンデッド版)
7月23日(木・祝)16:45〜<字幕版>WOWOWシネマ
『マグダラのマリア』
7月23日(木・祝)19:25〜<字幕版>WOWOWシネマ
『アンダーカヴァー』
7月23日(木・祝)21:30〜<字幕版>WOWOWシネマ
『容疑者、ホアキン・フェニックス』
7月23日(木・祝)23:30〜<字幕版>WOWOWシネマ
『ザ・マスター』
7月23日(木・祝)25:30〜<字幕版>WOWOWシネマ
『エヴァの告白』
7月24日(金・祝)4:00〜<字幕版>WOWOWシネマ
『ゴールデン・リバー』
7月24日(金・祝)6:00〜<字幕版>WOWOWシネマ

[『バットマン』4部作編]
『バットマン』(1989年)
7月24日(金・祝)9:15〜<字幕版>WOWOWシネマ
8月11日(火)10:50〜[吹替補完版]WOWOWプライム
8月13日(木)9:45~<字幕版>WOWOWシネマ
『バットマン リターンズ』
7月24日(金・祝)11:30〜<字幕版>WOWOWシネマ
8月11日(火)13:00〜[吹替補完版]WOWOWプライム
8月13日(木)12:00~<字幕版>WOWOWシネマ
『バットマン フォーエヴァー』
7月24日(金・祝)13:45〜<字幕版>WOWOWシネマ
8月11日(火)15:10〜[吹替補完版]WOWOWプライム
8月13日(木)14:15~<字幕版>WOWOWシネマ
『バットマン&ロビン Mr.フリーズの逆襲』
7月24日(金・祝)16:00〜<字幕版>WOWOWシネマ
8月11日(火)17:15〜[吹替補完版]WOWOWプライム
8月13日(木)16:30~<字幕版>WOWOWシネマ

[『ダークナイト』トリロジー編]
『バットマン ビギンズ』
7月25日(土)13:45〜<字幕版>WOWOWシネマ
8月8日(土)15:00~<吹替版>WOWOWプライム
8月14日(金)12:45~<字幕版>WOWOWシネマ
『ダークナイト』
7月25日(土)16:15〜<字幕版>WOWOWシネマ
8月8日(土)17:30~<吹替版>WOWOWプライム
8月14日(金)15:15~<字幕版>WOWOWシネマ
『ダークナイト ライジング』
7月25日(土)19:00〜<字幕版>WOWOWシネマ
8月8日(土)20:10~<吹替版>WOWOWプライム
8月14日(金)18:00~<字幕版>WOWOWシネマ

『ジョーカー』
7月25日(土)22:00〜<字幕版>WOWOWシネマ
7月26日(日)22:00〜<吹替版>WOWOWプライム
7月30日(木)23:50~<吹替版>WOWOWプライム
8月7日(金)23:00~<字幕版>WOWOWシネマ
8月23日(日)25:55~<吹替版>WOWOWプライム

『タクシードライバー』
7月25日(土)24:15〜<字幕版>WOWOWシネマ

※全作品、WOWOWメンバーズオンデマンドで同時配信あり
※7月23日(木・祝)〜25日(土)はすべて字幕版
公式サイト:https://www.wowow.co.jp/joker/

※記事初出時、一部に放送情報の誤りがありました。訂正してお詫びいたします。

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「映画シーン分析」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる