『カセットテープ・ダイアリーズ』が響かせ続ける“音楽の素晴らしさ” 人生を変える劇的な傑作

音楽は人生や人心を変える

 ジャベドの“勇気の火種”として劇中で鳴り響くのは、スプリングスティーンの音楽の数々。本作はもともとスプリングスティーンの熱狂的なファンがつづった回顧録が原作になっており、つまりこの物語は実話。原作者がスプリングスティーンと対面した際、その場に居合わせたチャーダ監督が映画化を打診し、快諾したスプリングスティーンは既存曲はおろか、未発表曲まで提供したという。このエピソードがまさに「夢の結晶」と言えるが、映画の中でも存在感は絶大。仮にスプリングスティーンの音楽になじみがなくとも、思いのたけをシャウトする彼のまっすぐすぎる音楽に、魅了されるに違いない。

 同時にやはり、「音楽による救済」を描いている点も、『カセットテープ・ダイアリーズ』の大きな魅力だ。『シング・ストリート 未来へのうた』の「Drive It Like You Stole It」、『ロケットマン』の「I'm Still Standing」、『ボヘミアン・ラプソディ』の「伝説のチャンピオン」、『はじまりのうた』の「Lost Stars」、『アリー/スター誕生』の「Shallow」……。数々の名作音楽映画で描かれた“魂の浄化”が、『カセットテープ・ダイアリーズ』にもしっかりと受け継がれている。音楽は、こうも劇的に人生や人心を変えるのだ。

 そして、音楽には「“声”の代弁」としての役割もある。差別・偏見・弾圧・確執……あらゆる壁を越え、音楽は届く。本作のスプリングスティーンは“媒介”であり、彼の楽曲を通して、ジャベドは己の渇望を知覚していく。つまり、音楽が「自由・主張の象徴」として描かれているのだ。これは、『レ・ミゼラブル』の「民衆の歌」が意味するものとも近い。想いを託し、歌う。或いは、聴くことで信念が増幅される。誰しもの青春の“相棒”である音楽が、親しみやすさを超えて、弱者の灯となるとき――。「音楽の力」は、無限大に拡声していくのだ。

 『カセットテープ・ダイアリーズ』は、青春グラフィティであり、夢追い人のドラマでもある。異文化理解をテーマにした社会派作品の一面も持っている。そのすべての瞬間を横断し、音楽は鳴り続ける。文化も時代も言語も、国も超えて。だからこそ、この作品が色あせることは、きっとないのだろう。いつまでも輝く、エバーグリーンな快傑作だ。

■SYO
映画やドラマ、アニメを中心としたエンタメ系ライター/編集者。東京学芸大学卒業後、複数のメディアでの勤務を経て、現在に至る。Twitter

■公開情報
『カセットテープ・ダイアリーズ』
TOHOシネマズ シャンテほかにて公開中
監督:グリンダ・チャーダ
脚本:サルフラズ・マンズール、グリンダ・チャーダ、ポール・マエダ・バージェス
原作:サルフラズ・マンズール『Greetings from Bury Park: Race, Religion and Rock N’ Roll(原題)』
出演:ヴィヴェイク・カルラ、クルヴィンダー・ギール、ミーラ・ガナトラ、ネル・ウィリアムズ、アーロン・ファグラ、ディーン=チャールズ・チャップマン、ロブ・ブライドン、ヘイリー・アトウェル、デヴィッド・ヘイマン
配給:ポニーキャニオン
2019年/イギリス/117分/カラー/英語/シネマスコープ/5.1ch/原題:Blinded by the Light/日本語字幕:風間綾平/字幕監修:五十嵐正
(c)BIF Bruce Limited 2019
公式サイト:cassette-diary.jp

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