コロナ禍の今、改めて考える“映画館で映画を観る”意義 前代未聞の休館を経験して

改めて考える“映画館で映画を観る”意義

映画館のもたらす「豊かな有限性」は現代人に必要だ

Netflixアニメ映画『泣きたい私は猫をかぶる』(c) 2020 「泣きたい私は猫をかぶる」製作委員会

 映画館が休館に追い込まれるのと反比例するように、ネット配信の需要が増大した。アメリカではユニバーサル・ピクチャーズのアニメーション映画『トロールズ ミュージック★パワー』が劇場を飛ばしてネット配信に切り替え、想定以上の成績を出したことで映画館の存在意義についての議論が噴出した。

 日本では、スタジオコロリドのアニメ映画『泣きたい私は猫をかぶる』が劇場公開を取りやめ、Netflixでの配信を選択した。大手映画館チェーンのAMCとユニバーサルが喧嘩するほどの大議論になっているアメリカと比べて、日本では静かなものだが、以前からくすぶり続けていた「劇場か、配信か」の議論を改めて浮き上がらせたのは間違いない。

 筆者は、今こそ「映画館で映画を観る」とはどういうことなのかについて考えを深める時期だと思っている。

 今回のコロナ禍によって、映画館だけでなくあらゆる施設が営業停止し、満足に活動可能な場所がオンラインだけになってしまった。この社会の全面的なオンライン化によって筆者は漠然とした不安を感じた。あらゆるものと接続させられているような、過剰な接続による不安。

 哲学者の千葉雅也氏が『メイキング・オブ・勉強の哲学』で、人の不安についてこんなことを書いている。スラヴォイ・ジジェクとジャック・ラカンを引用して、「何かが失われるから人は不安になるのではなくて、何かに近づきすぎて『欠如がなくなる』から不安になる、というのです。ラカンの精神分析によれば、人間にとって欠如は悪いものではなく、むしろ欠如が維持されている状態が必要なのです(P143)」

 千葉氏はさらに、無限に欠如が広がった状態も不安も引き起こすと語り、欠如を一定に区切る工夫が必要だという。反対に、現代社会は情報が多すぎて、あらゆるものと距離を取るのが難しく、欠如が不足しているので不安になる、そのためには接続過剰な状態から逃れるツールも必要なのだと言う。全面的なオンライン否定ではない。接続過剰なツールも情報収集のため必要だが、その中に切断可能な「小島」を作ることが大切だと語っている。

 そこから千葉氏は、紙の本の重要性が新ためて増している、なぜなら紙の本は「そのコンテンツを読むことしかできないような、究極の『単機能デバイス』(P147)」だからだと言う。

「何でも欲望を叶えてくれるような多機能なものは、かえって欲望を閉塞させてしまう。機能を限定することこそが、むしろ欠如の余地を広げるという意味で、欲望を活性化させてくれる」(P148)

 紙の本についての千葉氏の議論は、そのまま映画館にも適用できるのではないかと筆者は考えている。映画館では映画を観る以外の行為はできない。スマホの電源は切らねばならず、暗闇で視界をスクリーン以外に向けさせない。外界との切断性は紙の本よりも高いのではないか。

 Netflixは一つのエピソードが終わると(いや、エンドクレジットが終わらないうちから)せっかちに次のエピソードにつなげようとしてくる。レコメンドも際限なくメールで送りつけ、ずっとNetflixにつながっていろと誘惑してくる。それがなくても、スマホもタブレットもPCも多くのコンテンツに繋がりすぎる。その傾向はコロナ禍による全面オンライン化で一層強まった。

 これはあまりにも欠如がなさすぎる状態ではないか。欲望を取り戻すために、我々にはこの接続過剰を力強く切断してくれる外部の存在が必要だ。映画館は不安を解消し、欲望を取り戻させてくる有効なツールになりうると筆者は考えている。

 千葉氏の戦略に照らして言えば、接続過剰なツール「ネット配信」と、そこから逃れる切断ツール「映画館」を区別して使いこなすということだ。この2つは豊かな生活のための車輪の両輪なのだ。

 映画館の休館は、映画ファンに危うい片輪走行状態を強いるものだったのだと筆者は思っている。映画館というのは、画面が大きいとか音響が良いとかのスペックの問題だけに収まらず、接続過剰で不安な現代人を解放し、「豊かな有限性」をもたらしてくれる装置なのだ。そういう装置は、人が真っ当に生きるためには絶対に必要なものではないだろうか。

■杉本穂高
神奈川県厚木市のミニシアター「アミューあつぎ映画.comシネマ」の元支配人。ブログ:「Film Goes With Net」書いてます。他ハフィントン・ポストなどでも映画評を執筆中。

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