『エール』の構造は『エヴァ』に似ている? 男性主人公の成長物語を描く朝ドラの試み

『エール』の構造は『エヴァ』に似ている?

 宮藤官九郎を筆頭に、良い脚本とは登場人物が物語の都合で動くのではなく、それぞれが個々の人生を生きているように見えるものだ。しかし『エール』は、すべての登場人物が、裕一のために存在しているように見えてしまう。

 一番わかりやすいのは、唐突に登場して意味ありげな台詞を発した後ですぐに消えてしまう佐藤久志(山崎育三郎)だ。幼少期に登場した時はあまりの現実感のなさに裕一のイマジナリーフレンド(空想上の友達)ではないかと疑ったものだ。ガキ大将から新聞記者となった村野鉄男(中村蒼)も唐突に再登場し、裕一を叱咤激励するのだが、各キャラクターの書き込みが浅く、唐突に現れては去っていくため、裕一を際立たせるためだけに存在しているように見えてしまうのだ。これは普通の脚本としては弱点なのだが、裕一には「他者がこう見えている」のだと考えるとよくわかる。

 この構造はロボットアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』(以下、『エヴァ』)にとてもよく似ている。

 『エヴァ』は14歳の少年・碇シンジが、エヴァと呼ばれる汎用人型決戦兵器を操縦して使徒と呼ばれる未知の敵と戦う物語だが、後半に進むにつれて、少年から見た理不尽な世界を描く不条理劇と化していった。この演出は、ひ弱な少年の心象風景の見せ方としては正しかったのだが、各キャラクターが主人公を描くための引き立て役になっていたのが今観ても残念だったと思う。

 裕一は周囲の人々に叱咤激励されることで、音楽の才能を開花させていくのだが、叱咤激励されないと中々動かない裕一の面倒くささに、だんだんうんざりしてくる。

 そんな裕一の伴侶となる音は、熱狂的なファンであると同時に彼を庇護する聖母のような存在。つまり、男の理想を具現化したような女だが、同時にそんな女が実在したら、いかに厄介かということも本作は描いている。描写こそコミカルだが、エゴの強い二人のままごとのような夫婦生活は、いつ破綻してもおかしくない危うさがあり、成功することがわかっていても、観ていて胃が痛くなる。

 その意味で結構、しんどい作品なのだが、それは、裕一から見た世界としてリアルだと言うことだ。つまり、男性主人公の朝ドラとしては、うまく描けている。

 そんな裕一が「紺碧の空」を手掛けることで、自分のエゴではなく、誰かのために曲を描けるようになっていく姿を観ていると、なるほど、男の子の成長とは「他者を知ることなのだ」と実感する。そして、他者を知った後に待ち受けているのは社会であり世界である。やがて戦時下に突入する『エール』はそれをどう描くのか?

 朝ドラで男の子の成長物語を描く試みには、可能性がたくさんあると『エール』は教えてくれる。だから“その試行錯誤も含めて”楽しみたい。

■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。

■放送情報
連続テレビ小説『エール』
NHK総合にて、2020年3月30日(月)〜9月26日(土)
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45、(再放送)11:00〜11:15
※土曜は1週間を振り返り
出演:窪田正孝、二階堂ふみ、柴咲コウ、志村けん、三浦貴大、仲里依紗、野間口徹、一ノ瀬ワタル、大門崇、菅原健、斎藤嘉樹、橋本淳ほか
制作統括:土屋勝裕
プロデューサー:小西千栄子、小林泰子、土居美希
演出:吉田照幸、松園武大ほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/yell/

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