今もっとも勢いのある脚本家、安達奈緒子 『きのう何食べた?』を機に振り返りたい傑作ドラマ3選

『きのう何食べた?』安達奈緒子の傑作ドラマ

プロデューサー・増本淳との二人三脚

 一方、同じ月9で2012年に書かれたのが、IT企業を舞台にしたドラマ『リッチマン、プアウーマン』だ。ITベンチャー企業の社長・日向徹(小栗旬)と就活中の東大理工学部の夏井真琴(石原さとみ)が、衝突しながらも次第に同じ目的に向かって邁進していく姿を描いた、お仕事&恋愛ドラマという月9の王道的作りの作品だが、ドラマをより面白くしていたのが副社長の朝比奈恒介(井浦新)。

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 当初はワンマン社長の日向に愛想を尽かしての権力抗争に思えるのだが、だんだん朝比奈が向ける日向に対する屈折した愛憎が物語を支配していく。『きのう何食べた?』がヒットした現代の視点でみれば、これはBL(ボーイズラブ)だなと思うのだが、まさか、当時の月9の恋愛ドラマで、BLをやるとは思っていなかったので、衝撃だった。『大切なことはすべて君が教えてくれた』に比べるとだいぶわかりやすくなったが、それでも全体的に過剰で、お仕事モノとしても恋愛ドラマとしても面白い。

 この辺りはプロデューサーの増本淳の舵取りが大きい。漫画で言うところの、編集者の役割を果たすことで脚本の質を高めていったのだろう。

 そんな安達と増本の最高傑作と言えるのが、2013年の『Oh, My Dad!!』(フジテレビ系)だ。妻に逃げられた40代の科学者・新海元一(織田裕二)がシングルファーザーとして息子の世話をしながら大企業の就職を目指す姿を描いた本作は、新型エネルギー開発をめぐる大きな物語と家族の小さな物語を同時に追求したドラマだ。

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 「最高傑作」と書いたのは二人が追求してきた「テクノロジーと人間の関係」というテーマにおいてだが、研究に没頭するあまり家庭を崩壊させてしまう新海のダメな姿が見ていて辛く、当時はヒットせずに埋もれた作品となってしまったが、逆に言うとそれだけ嘘がないということである。

 安達の作風はハードな社会派で、物語におけるご都合主義を許さない厳しさがある。同時に「働くとはどういうことか?」「母性とは何か?」といった問いを、剛速球で投げてくる。こういった作家性は、恋愛や仕事の楽しさを描くフジテレビ系のドラマにおいてはノイズとなっていたため、作家としての認知は、だいぶ遅れてしまった。

 しかし初期の(作家性と商業性が衝突する)フジテレビで書いた連続ドラマには、その衝突からしか生まれない迫力があり、むしろ早すぎた傑作だと言える。『大切なことはすべて君が教えてくれた』以外の2作はFODで配信されているので、『透明なゆりかご』や『きのう何食べた?』で安達の作品を知った人も、是非、この機会に観てほしい。

■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。

■公開情報
劇場版『きのう何食べた?』
2021年、全国東宝系にてロードショー予定
出演:西島秀俊、内野聖陽、山本耕史、磯村勇斗、マキタスポーツ、田中美佐子、梶芽衣子
原作:よしながふみ『きのう何食べた?』(講談社『モーニング』連載中)
監督:中江和仁
脚本:安達奈緒子
チーフプロデューサー:阿部真士
プロデューサー:佐藤敦、瀬戸麻理子
企画監修:神田祐介
制作 : エイベックス・ピクチャーズ/ザフール
(c)2021劇場版「きのう何食べた?」製作委員会 (c)「きのう何食べた?」製作委員会
公式サイト:https://www.tv-tokyo.co.jp/kinounanitabeta/
公式Twitter:https://twitter.com/tx_nanitabe

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