『パラサイト』以降の韓国ドラマの力量がわかる 韓流ファン以外もハマる『愛の不時着』

 さらに特筆すべきは、世界中の多くの人が報道の中でしか見たことのない北朝鮮の生活を作り上げた美術やロケーション。物語の多くは軍事境界線に近い村で起きるのだが、保衛部(国民を監視する秘密警察)の検閲が行われ庭に掘られた食物倉庫に隠れたり、南から密輸された物資が闇市場で取引されるような描写にも信憑性がある。北朝鮮でのユン・セリのファッションやジュンヒョクの家のインテリアは韓国で流行っているニュートロ(ニューレトロ調)を基調に、むしろおしゃれなものになっている。これは韓国ドラマがEコマースと深く結びついていることも関係しており、彼女がドラマ内で着用したファッションは放送直後からサイトで購入できるようになる。そのため、いくら舞台が北朝鮮といえども購買意欲をかきたてるファッションでなくてはならないのだ。イケメン将校や彼の婚約者が属する北朝鮮上流階級の生活が描かれているのも、南北問題を描いた作品として新鮮だ。上流階級は留学もすれば、移動電話(携帯電話)でゲームし、外国人とともにデパートでショッピングをする。世界から分断されているようなイメージのある北朝鮮にも、消費社会の波が押し寄せていることがわかる。

tvN公式サイトより
tvN公式サイトより

 視聴率20%超えでtvNの歴代1位となったのは、ソン・イェジンとヒョンビンという人気俳優(ふたりには実生活での熱愛説が絶えない)の主演が起因しているのは明らかだが、主演を含めた全出演者の演技力の高さは筆舌に尽くし難い。特に、セリが友情を育むイケメン将校の部下隊員4人と田舎村の主婦たちは、このドラマの宝と言ってもいい。彼らの存在は南北ギャップを笑うコメディリリーフでもあり、同じ言語を使いながら全く異なる世界に生きる不条理、違いを超えて繋がる温かな交流を描く泣きポイントとなっている。それらの芸達者な俳優陣のなかでひときわパワフルな演技を見せる俳優が2人いるのだが、それは『パラサイト』で家政婦となる貧乏家族のお母さん(チャン・ヘジン)と、「リスペクト!」のおじさん(パク・ミョンフン)である。

tvN公式サイトより

 『パラサイト』が世界中で受け入れられた理由に格差社会を描いたことが挙げられているが、『愛の不時着』も大きな視点では格差が主題だ。韓国と北朝鮮の38度線で区切られた物質・情報格差を、どちらにも優越をつけることなく描く。ソウルでは全てを手にしていた財閥令嬢のセリだが、人生に大きな欠落感を抱えている。彼女の家族は財閥の富を巡って抗争を繰り返していて、血の繋がりのある家族にも気を許すことができない。一方の北朝鮮の村人たちは食べ物や贅沢品には欠乏しているが、助け合い守り合い、その輪の中に不審者のセリも受け入れる。政府高官の親に結婚も進路も決められたジョンヒョクが、資本主義社会で自由に生きてきたセリに、人を思う尊さを教える。持つもの・持たざるものの対比は、お金や物資だけではない。『パラサイト』以降の韓国ドラマは、さらに一歩踏み込んだ視点で格差社会を見つめている。

 2020年が始まってまだ4ヶ月目だというのに、すでに多くのことが起きすぎて忘れがちだが、『パラサイト』が第92回アカデミー賞で作品賞・監督賞・脚本賞・国際長編映画賞の4冠を受賞したのはほんの7週間前のこと。ポン・ジュノの演出と脚本が国際舞台で評価されたように、『愛の不時着』も、ドラマならではのファンタジーを活かす骨組みを立てその中で自由にキャラクターを動かす脚本、ドラマに課せられたラブコメの域を守りながらテーマに深く切り込む演出が評価されている。そして、『パラサイト』が史上初の外国語映画としての偉業を達成する大きな後押しとなったSAG(全米俳優協会)賞のアンサンブル賞と同様、主演俳優だけでなく脇役に至るまで全ての俳優がそれぞれの持ち場で最高の演技とハーモニーを奏でる演技力が今作の醍醐味だ。アカデミー賞授賞式で『パラサイト』のプロデューサーであり韓国の映像エンターテインメントのゴッドマザーであるCJグループのミキー・リー副会長がスピーチしたように、韓国のエンターテインメントは厳しい視点を持った韓国の観客によって支えられてきた。その結晶が『パラサイト』であり、『愛の不時着』なのだろう。

■平井伊都子
ロサンゼルス在住映画ライター。在ロサンゼルス総領事館にて3年間の任期付外交官を経て、映画業界に復帰。

■配信情報
『愛の不時着』
Netflixにて配信中

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