『1917』は何を伝えようとしたのか 長回しの意味、監督の作家性、宗教的モチーフから考察

『1917』は何を伝えようとしたのか

地獄に舞い降りた天使たち

 本作では、キリスト教的なイメージも随所に見られる。主人公たちは、自分が生きるために敵兵を殺害するが、その一方で、命の危険をかえりみずに敵兵を火のなかから救い出そうとするし、奇跡のように農家に放置されていたミルクを、まさに聖母マリアとキリストを想起させる、女性と赤ん坊に与える思いやりを見せる。まだ年若い主人公の献身的な姿は、ジョージ・マッケイとディーン=チャールズ・チャップマンの、あどけなさが残る容姿にも影響され、天使のように見える瞬間がある。

 考えてみれば、天使は神のメッセージを人間に伝える役目を持つ“伝令”である。聖人や熱心な信仰者のなかには、天使が伝える神の声を聞くことで、これから起きる災難などを事前に知る奇跡を経験したと伝えられている。実際の歴史には存在しない伝令の2人が、天使の役目を引き受け、善意によって大勢の人々が死ぬという史実を回避しようとする……本作はこのように、兵士たちが生きていて欲しかったという願いが込められた、神秘的で理想的な物語として見ることができる。そして同時に、そのような結末を迎えられなかった、現実の人間の愚かさをも暗示しているといえよう。

 そのように本作を解釈するためには、観客は少なくとも史実を知らなければならない。そうでなければ本作は、勇気ある兵士が仲間を救ったというだけの、戦争を美化した偽の英雄譚でしかなくなってしまう。もちろん、祖父の存在を映画内で言及したことで、そう思わせるつくりにしてしまったメンデス監督に問題がなかったとはいえないだろう。

 だが同時に、映画とは関係のないところで、過去の戦争の被害を知ることは、当たり前なことであるともいえる。そして、その知識を持っていれば、本作のエピソードの後、イギリス兵に大きな被害がもたらされることが、ある将校のセリフによって暗示されていることに気がつけるはずだ。映画はときに、社会や歴史など、外部の情報と結びつくことで成立することもある。

 本作『1917 命をかけた伝令』は、このように、撮影監督の高い技術によって長回しをこれまでにないレベルに高めながら、同時に映画のあり方そのものを考えさせるような、監督の強烈な作家性に貫かれた作品だといえるのだ。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『1917 命をかけた伝令』
全国公開中
監督:サム・メンデス
脚本:サム・メンデス、クリスティ・ウィルソン=ケアンズ
製作:サム・メンデス、ピッパ・ハリス
出演:ジョージ・マッケイ、ディーン=チャールズ・チャップマン、ベネディクト・カンバーバッチ、コリン・ファース、マーク・ストロングほか
配給:東宝東和
(c)2019 Universal Pictures and Storyteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.
公式サイト:1917-movie.jp

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