喜美子の覚醒はどこで起きたのか? 『スカーレット』日々の積み重ねと“気づき”の先にあるもの

『スカーレット』喜美子の覚醒はどこで起きた

 八郎が銀座の個展を成功させ、大量生産の和食器セットに活路を見出してからは、「生活に密着した陶器を作って売り、家計を支える陶芸家」と「芸術を極める陶芸家」の役割をこれまでと逆にすることにした八郎と喜美子。八郎の後押しもあり、念願の穴窯を建設するが、2度の失敗を重ねてしまう。喜美子は、「まずは賞を取り名前を知ってもらうまで穴窯を休もう」という八郎の制止を振り払う。この時点でもう喜美子の心には火がつき、燃え盛ってしまっていた。「本当の欲求」に気づいてしまったのだ。借金をしてまで穴窯を続ける喜美子を見て、八郎は家を出る。

 炎に取り憑かれた喜美子は「本当に作りたいのなら愛しい人の手を離してでもひとりでやるしかない」という結論に達してしまう。「目を覚ませ、八郎さんとやり直せ」と説得する照子(大島優子)への告白という形で明かされた、山で薪を拾いながら悟った「ひとりもええな」という境地。これもまた「覚醒」だったのだろう。その瞬間をシーンとして見せないことで、覚醒や変革はつねに喜美子の内面で起こっていることであり、正誤や善悪はさておき、喜美子の真実は喜美子の中にしかないということを示していた。

 大阪でちや子(水野美紀)と久々の再会を果たし、学童保育所の設立運動に奔走する女性たちに勇気をもらった。ラジオから流れる信楽太郎(木本武宏)の「さいなら」を聴きながら、八郎の後ろ姿を画用紙に刻み込む喜美子。その目には、ひとりで陶芸の道を歩む覚悟と、八郎への感謝の涙があった。信楽へ戻り、腹を括った喜美子は八郎に陶芸家になることを宣言する。これまでの八郎との関係にピリオドを打ち、2人で同じ夢を追おうとしていた時代の自分と決別したのだろう。

 6回の失敗を重ね、7回目の窯焚きで喜美子は穴窯の師・慶乃川(村上ショージ)の“分身”である狸の置物を新たなお守りとして祀り、初めて炎に敬意を表する。正念場に駆けつけてくれた心の師・草間(佐藤隆太)による「『対決』でなく『対話』が大事」との教えをいま一度胸に刻んだのだろうか、喜美子は2週間の窯焚きのあいだ真っさらな気持ちで炎と対話し、自分と対話し、何かを悟る。これもじわじわとした「覚醒」だった。ついに焼き上がりは思った通りの色が出た。

 土と向き合い、炎と向き合い、己の持てる全てを命懸けで注ぎ込む。険しい陶芸家の道をようやく歩みはじめた喜美子だが、第18週「炎を信じて」は、息子・武志(伊藤健太郎)の思いと八郎の思いを改めて知り、成功の代わりに失ったものの大きさに気づいて終わる。それでも毎日は続いていく。日々の積み重ねと「気づき」の先に、喜美子の変革と進歩がある。この先も喜美子は、その時々の自分に問いかけながら覚醒を繰り返し、茨の道を突き進んでいくのだろう。

■佐野華英
ライター/編集者/タンブリング・ダイス代表。エンタメ全般。『ぼくらが愛したカーネーション』(高文研)、『連続テレビ小説読本』(洋泉社)など、朝ドラ関連の本も多く手がける。

■放送情報
NHK連続テレビ小説『スカーレット』
2019年9月30日(月)〜2020年3月28日(土)放送予定(全150回)
出演:戸田恵梨香、富田靖子、大島優子、林遣都、松下洸平、黒島結菜、伊藤健太郎、福田麻由子、マギー、財前直見ほか
脚本:水橋文美江
制作統括:内田ゆき
プロデューサー:長谷知記、葛西勇也
演出:中島由貴、佐藤譲、鈴木航ほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/scarlet/

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