シークエル3部作はベン・ソロの物語に 『スカイウォーカーの夜明け』はファンサービス満載な作品

『SW』続3部作はベン・ソロの物語

 しかし前述の通り、『最後のジェダイ』には、これまでの『スター・ウォーズ』を真っ向から否定する、反駁的な部分も散見された。「過去を葬れ。必要なら殺してでも」とは、カイロ・レンの言葉だ。確かに、『最後のジェダイ』は、新時代の夜明けを感じさせるものだったが、それを『スター・ウォーズ』と呼べるかは疑問だった。そして、完結編となる『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』(2019年)は、『フォースの覚醒』のJ・J・エイブラムスが再登板し、レイの物語を終着に導いた。本作は、『最後のジェダイ』で良くも悪くも葬られた過去を、再び描いたのだ。

 前作で退場したスノークに代わり、皇帝パルパティーンが蘇った。オリジナル3部作からは、ランド・カルリジアンが登場し、レジスタンスの最強の助っ人として描かれた。カイロ・レンは、自ら壊したヘルメットを修復し、レイは、スカイウォーカーのライトセーバーを元ある姿に修繕した。そしてルーク・スカイウォーカーは、偉大なジェダイとしての明朗さを取り戻し、前作では出番の少なかったC-3POを、物語のレールに乗せた。J・J・エイブラムスは、過去作に最大の敬意を贈り、ファンに迎合する形で、サーガを完結させた。

 確かに、本当に観たかった『スター・ウォーズ』がそこにはあった。しかし、ライアン・ジョンソンが描いた『最後のジェダイ』とは、まったく方向性が異なるものが生まれてしまった。『スカイウォーカーの夜明け』は、『最後のジェダイ』で大きく外れた軌道を、ファンが期待する方向へと修正し、ちょうどよく拵えている。『最後のジェダイ』で提示された新しい命題は切り捨てられ、ファンへのサービスを最優先にしているようだ。確かに、長年のファンとしては、愛すべき旧キャストの登場などで、大いに満足できる一本だった。しかし、シークェル全体を見通すと、物語の一貫性のなさと、製作サイドの失態までもが露呈する結果となった。満足度は確かに高いが、どうも腑に落ちない。それは映画の内容ではなく、製作の裏側に関してなのか。いずれにせよ、J・J・エイブラムスの手によって、サーガはなんとか着地した。

 そして何よりも着地したのは、カイロ・レンの熾烈な物語だった。叔父は伝説の戦士、父は反乱軍の英雄、そして母は、レジスタンの将軍、だ。スカイウォーカーの血を継ぐベン・ソロは、極めて重圧な期待を注がれ、ジェダイの訓練に勤しんだ。しかし、家系の呪縛に翻弄されたベンは、祖父アナキン・スカイウォーカーのように、闇に誘惑される。そしてカイロ・レンが生み出された。

 彼の過酷な旅路は、『スカイウォーカーの夜明け』で見事に完結する。光の誘惑に葛藤しつつ、闇を貫こうとしたカイロ・レンだが、レイとの出会いと運命によって、カイロ・レンの物語はエモーショナルに完結するのだ。今思えば、オリジナル3部作はルーク、プリクエル3部作はアナキン、そしてシークェル3部作はベン・ソロの物語だった。『スカイウォーカーの夜明け』は、『フォースの覚醒』から続くシークェル3部作の完結ではなく、『新たなる希望』から続く『スター・ウォーズ』シリーズの完結、そしてスカイウォーカー家の幕引きだ。この歴史的な瞬間を、見逃すわけにはいかない。

■Hayato Otsuki
1993年5月生まれ、北海道札幌市出身。ライター、編集者。2016年にライター業をスタートし、現在はコラム、映画評などを様々なメディアに寄稿。作り手のメッセージを俯瞰的に読み取ることで、その作品本来の意図を鋭く分析、解説する。執筆媒体は「THE RIVER」「IGN Japan」「映画board」など。得意分野はアクション、ファンタジー。

■公開情報
『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』
全国公開中
監督・脚本:J・J・エイブラムス
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
(c)2019 ILM and Lucasfilm Ltd. All Rights Reserved.
公式サイト:https://starwars.disney.co.jp/movie/skywalker.html

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「作品評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる