『アイリッシュマン』アル・パチーノとロバート・デ・ニーロ レジェンド俳優たちの軌跡をたどる

『アイリッシュマン』レジェンド俳優たちの軌跡

内気な男がデ・ニーロ・アプローチを編み出すまで

 アル・パチーノの3年後、同じくマンハッタンに生まれリトル・イタリーで育ったロバート・デ・ニーロが演技と出会ったのは、小学校の学芸会で『オズ魔法使い』のライオンを演じてからだった。内向的な少年は、自己の分身ともいえる臆病なライオンになりきることで自分の心のうちを語りながら他の人格になりきる喜びを発見し、役者に憧れることとなる。パチーノと同様に母ひとりに育てられたデ・ニーロは、ストリート・チルドレンのグループと交流しており、リトル・イタリーの路上でいつも静かに読書をしている色白な青年だった。後にデ・ニーロもアクターズ・スタジオで学ぶこととなるが、先に述べたパチーノのメソッド演技法に対するアプローチとの違いはその時点から現れている。

 当時デ・ニーロ自身が作成したオーディション応募用のポートレートからは、10代の青年から老人まで、外見から様々な役柄になりきった姿が見られる。これは彼の代名詞“デ・ニーロ・アプローチ”と呼ばれる、メソッド演技法を発展させた演技手法の萌芽で、『タクシー・ドライバー』で、実際にNYのタクシー運転手として働く経験を積み、実在のボクサーを描いた『レイジング・ブル』では、ボクサーの現役中と引退後の姿を大幅な肉体改造によって表現するなど後の代表作にもみられるものだ。

 デ・ニーロの初期作『御婚礼/ザ・ウェディング・パーティ』を手掛けたブライアン・デ・パルマは、同作のオーディションにおける彼を「非常に内気で話すのが苦手だった。何とか上手くやろうと必死だった」と語り、あまりの緊張でセリフを上手く言えずパニックになって部屋から立ち去ってしまったという名優の意外なエピソードを明らかにしているが、外見やバックグラウンドから作り込みキャラクターになりきる“デ・ニーロ・アプローチ”は、その繊細であがり症な気質あってこそ形成された手法であったのだろう。

 その後『タクシー・ドライバー』『レイジング・ブル』『キング・オブ・コメディ』など映画史に残る名作を生み出すタッグを組むこととなるマーティン・スコセッシの『ミーン・ストリート』に出演し、全米映画批評家協会賞を獲得しデ・ニーロはその名を広めていく。

『ゴッドファーザーPARTⅡ』で出会った二人は、一躍スターダムへ

 『ゴッドファーザー』のマイケル役で初のオスカーノミネートを果たしたパチーノ。同役はデ・ニーロもオーディションを受け、惜しくもパチーノに譲り渡す結果となったが、当時のスクリーン・テストと『ミーン・ストリート』における彼の演技はコッポラに強烈な印象を残し、続編『ゴッドファーザー PARTⅡ』で若き日のヴィトー役に抜擢されることとなる。本作は批評家たちからも「前作に勝るとも劣らぬ傑作」と大絶賛され同年度のアカデミー賞では作品賞をはじめパチーノが主演男優賞、デ・ニーロが助演男優賞でノミネート、そしてデ・ニーロに初めてのオスカーをもたらす。

 互いにとって大きな転機となった『ゴッドファーザー』の出演であったが、同作内において二人が実際に顔を合わせるシーンはなく、それから約20年後に公開された『ヒート』が正真正銘の初競演作となった。『ゴッドファーザー』以降、デ・ニーロは大幅な肉体改造で挑んだスコセッシ作品『レイジング・ブル』で、パチーノは『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』において盲目の軍人役を演じ悲願のオスカーを獲得、それぞれがハリウッドを代表する役者としてその地位を不動のものにしていた。

 そのため、『ヒート』における60年代のシカゴを荒らし回った実在の犯罪者に扮するデ・ニーロと彼を追いかける刑事であるパチーノが会話を交わす緊迫に満ちた6分間のシークエンスは“2大スターによる演技合戦”として映画ファンの注目を集め、現在でも記憶に残る伝説の名場面として語り継がれる。しかしこのシーンは、テーブルを挟んで向かい合う両者が同じショットに収まることはなく、各者のバストショットが交差するのみである。誰もが注目したパチーノとデ・ニーロの競演を2ショットで見せなかったこのシーンには、本作を手がけたマイケル・マンによる明確な意図が隠れている。



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