『水曜どうでしょう』はなぜ伝説の番組になったのか 人間性を惜しげもなく晒し続ける大泉洋の存在

『水曜どうでしょう』はなぜ伝説の番組になったのか 人間性を惜しげもなく晒し続ける大泉洋の存在

 10月4日〜6日にかけて「水曜どうでしょう祭2019」会場と、最終日の6日に全国47都道府県の映画館を結んで開催される「ライブ・ビューイング」で、伝説の番組『水曜どうでしょう』(HTB)の最新作が先行上映される。

 出演はもちろん、大泉洋に鈴井貴之、藤村忠寿ディレクター、嬉野雅道ディレクターの4人。特に、昨今はTBSの日曜劇場『ノーサイド・ゲーム』に主演、また朝ドラ『なつぞら』(NHK総合)にTEAM NACSメンバーの最後のひとりとして出演するなど、その動向が常に注目され、多忙を極める大泉がこのシリーズに戻ってくるということで期待が高まっている。

 『水曜どうでしょう』が始まったのは1996年の10月のこと。北海道以外の人が、この番組の存在と、そこに大泉洋という人が出ているというのを知るのは、全国放送であったバラエティ番組『パパパパパフィー』(テレビ朝日系)に、大泉が出演したことも大きかったと思う。

 当時は、ローカル番組が全国のテレビ局に販売され人気になることも少なく、異例のことであったと思うが、地方でも愛され、人気に火が付き、カルチャー雑誌『Quick Japan』などで特集もされた。

 この『水曜どうでしょう』は「一生どうでしょうします」宣言を発表した後に2002年で最終回を迎えるが、2004年以降は、不定期でロケをしては放送するスタイルをとっている。

 筆者は、当時からその存在も知っていたし、周りの友人でハマっている人もいたが、実際に見るようになったのは、2010年代に入ってからである。それでも見ることができたのは、CSや関東圏のローカル局で、毎週のようにどこかしらのシーズンを放送していたからだ。

 そのため、1996年の第1回放送で、いきなり鈴井貴之と大泉洋、藤村忠寿ディレクター、嬉野雅道ディレクターの4人がわちゃわちゃしながら、サイコロで自分たちの行く末を決められ、次第に翻弄されていく姿も、何度か見ることができた。

 不思議なのは、2019年の今見ようが、2010年に見ようが、2000年代に見ようが、まったくその面白さが変わらないところ。本番組には、いくつかの伝説の回があり、ファンの間で語り継がれているが、そんな回は、いつ見てもやっぱり大笑いができた。

 伝説的な放送回として、筆者も見たことがあるものとしては、1998年の「マレーシアジャングル探検」で、宿泊施設の周りにトラがいるのではないかとパニックに陥り、4人の人間性があらわになった時の映像や、また2007年の「ヨーロッパ20ヵ国完全制覇 ~完結編~」で、なぜかヨーロッパの街並みを紹介する際に、大泉洋が渡辺篤史のモノマネとして「小林製薬の糸ようじ」を連発する回でも大爆笑をした。ほかにも「だるま屋ウィリー事件」、大泉と同じくTEAM NACSに所属する安田顕の「牛乳リバース」など、この番組にはさまざまな伝説が存在している。

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