『SAO』の設定を引き継ぎ『君の名は。』に接近 『HELLO WORLD』でなされた意義深い試み

 さらに興味深いのは、SF作品としての本作の奥深さだ。京都の街並みの詳細なマップ作成から始まったという、本作の仮想世界の設定……。ここでは、2次元マップのデータに“高低”の情報を追加することで3次元に、そこにさらに時間の情報を加えることで、現実と区別のつかない“もう一つの世界”ができあがるという、本作の複雑な世界構造を、順を追って丁寧に説明していく。

 劇中で“自分たちがデータであることを実感することができない”ということが示されるように、現実だと信じている場所が、実際には何者かが作った仮想の世界だったというのは、哲学者ニック・ボストロムが唱えた、“シミュレーション仮説”の考え方に近い。これは、「この世界そのものが、何者かが作った仮想現実であるかもしれない」という可能性を指摘したものだ。この考えを基にすると、謎とされていた物理現象の多くを説明できてしまうのだという。つまり、この世界をプログラムした“創造主”が存在するのかもしれないということである。

 劇中で、主人公が物理現象を支配し物質を生み出すという“反則技”である「神の手」を、上位世界の住人から与えられるというのは、プログラムの中にいながらにしてプログラムをいじるという、まさに上位者である神の力を授かったことを意味しているのだ。

 極限までリアルな仮想現実を創造すれば、そのなかの住人たちもまた、現実の人間たちと同じように仮想現実を生み出してしまうだろう。そうなると、再現なく入れ子構造の仮想現実世界が生み出されてしまうのではないか。それはコンピューター言語におけるバグである“無限ループ”にも似ている、気の遠くなる絶望的な世界の姿である。この世界が、プログラムのバグの連なりの一つに過ぎないのだとしたら、なんと途方もないおそろしさだろう。本作はその可能性に対しては、一つの救いとなる解答を与えている。

 本作の伊藤智彦監督は、川原礫の同名ライトノベルを原作としたTVアニメ『ソードアート・オンライン』(『SAO』)の監督としても知られている。この原作のシリーズの中には、押井監督の映画『アヴァロン』(2001年)のアイディアが用いられているといわれ、さらに天才プログラマーの暴走によって混沌が生まれてしまうという大元の設定は、同じく押井監督の『機動警察パトレイバー the Movie』(1989年)からの影響が見てとれる。だから、アニメ版『ソードアート・オンライン』は、映像作品からのインスピレーションが、またアニメに環流された作品でもあるといえよう。

 『SAO』 は、仮想現実の設定にくわえ、現在多くアニメ作品が作られているジャンルである、“異世界モノ”にも近い内容をいち早く提出した作品としてヒットしたが、そこには問題のある描写もあった。それは、主人公が多くの女性キャラクターにモテモテだという、いわゆる“ハーレムもの”の構造をとり入れている部分だ。この世界観は、女性キャラクターの意志を不自然なかたちで剥奪している部分があるため、広く共感を得られる内容とは言い難い。その意味では、『SAO』の仮想現実という設定を引き継ぎながら、『君の名は。』に近づけた本作の試みは意義深いのではないか。これによって、SF的な内容部分も真剣に受け止められることになるからである。とはいえ、本作の女性描写にはまだ様々な問題も存在するということは指摘しておかなければならない。

関連記事