『SAO』の設定を引き継ぎ『君の名は。』に接近 『HELLO WORLD』でなされた意義深い試み
もう一つ興味深いのは、本作が描いた“デジタルデータ”の“人権”である。かつて手塚治虫が『鉄腕アトム』などのSF漫画で描いたのが、ロボットへの差別がまかり通る不公平な未来世界だった。『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』では、デジタル情報の海で生まれた生命の登場や、人間の意識(ゴースト)を変換し、インターネットのなかで新たな生を受けることへの可能性が描かれた。本作は、上位の世界が下位の世界を搾取する構造を描くことで、データの人格というものにフォーカスしていくのだ。この部分は、映画『ブレードランナー』(1982年)から『ブレードランナー 2049』(2017年)に継承された、人工的な存在の人権問題とも連動しているといえよう。
それは現実にも存在する、決まりきったシステムのなかで使い捨てにされがちな大多数の人々、とりわけ若者たちの苦しい現状を映し出しているようにも感じられる。将棋やチェスで、どうしても負けるしかない状況に追い込まれたことを意味する用語を利用して、「人生詰んだ」という表現が象徴するように、世の中はがんじがらめでどうしようもない、決まりきったものなんだと思っている人は少なくない。
そのようなムードのなかで、“前世以前の運命”という、神話の権威を利用した一種のルールによって恋人が結ばれる『君の名は。』が支持されたというのは、現代を象徴する現象だったのかもしれない。対して、ルールや制約を暴力としてとらえ、その穴を見つけることによって大切な人を助けようとする本作は、ふたたびアニメーション映画が、人間の自主的な意志をシステムの上にまた置き直しているように感じられる。その意味で本作は、『君の名は。』の要素を使いながら真逆のメッセージを発しているといえるだろう。その主張こそが、本作が自身の存在意義を最も強めた点ではないだろうか。
■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter/映画批評サイト
■公開情報
『HELLO WORLD』
全国東宝系にて公開中
監督:伊藤智彦
声の出演:北村匠海、松坂桃李、浜辺美波
脚本:野崎まど
キャラクターデザイン:堀口悠紀子
アニメーション制作:グラフィニカ
配給:東宝
(c)2019「HELLO WORLD」製作委員会
公式サイト:https://hello-world-movie.com/